短歌人(エッセイ)

◆継続は力なれ 伊波虎英 「短歌人」の誌面にはじめて自分の歌が掲載されたのが二〇〇四 年の一月号。それから十四年、筆名を変更したり(二〇〇四年六月 号から)、表記を旧仮名遣いに改めたり(二〇〇五年二月号から) ということもありながら、一度も欠詠…

◆『舟はゆりかご』 小黒世茂歌集 「玲瓏」編集委員の著者による第五歌集。二〇一二年後半から二〇 一六年前半の作品三〇八首を収める。 炎(ひ)ふく音と炭切る音の聴こえくる鍛冶場のそとより頭下げたり 海神へつづく鳥居をぬけるとき異国の声ごゑ寄せては返…

◆『花西行』 桑原正紀歌集 二〇一〇年春から二〇一四年春の作品四四四首を収めた第八歌集。 タイトルは、歌集の最後に置かれた一連「花西行」のなかの教師を定 年退職した直後の著者の感慨が込められた次の歌から採られている。 寝袋を背負ひて桜追ひ行かな…

◆『うたがたり』 小谷博泰歌集 「白珠」「鱧と水仙」に所属する一九四四年生まれの著者による第 九歌集。四二六首を収め、未発表作品が多いという。二〇一五年六月 から二〇一六年五月までの一年間に詠まれた歌というから精力的に作 歌活動をされている方の…

◆『梅雨空の沙羅』 宮本君子歌集 コスモス短歌会に所属する一九四七年生まれの著者による第二歌集。 二〇〇〇年秋から二〇一六年春までの作品四三七首を収める。 愛想のよき中年の奥にある哀しさに似て梅雨空の沙羅 タイトル『梅雨空の沙羅』は、歌集を読み…

年末恒例題詠◇アスリートを詠む 大谷翔平(みづから)の投ずる球を大谷翔平(みづから)に打たるる夢のさめて馬肥ゆ 最高のパフォーマンスで感動させてくれる 一流のアスリートに、言葉でもってそう易々 と太刀打ちできるものじゃない。彼ら自体が 絵になる…

◆「短歌人」を読む 伊波虎英 「短歌人」が届くと、まず〈斜め読み〉ならぬ〈名前読み〉でざ っと目を通す。次に、赤ペンを手に読み進めていく時には、名前や 所属欄に関係なく純粋に一首として惹かれる歌に印をつけていく。 連作として楽しめる作品ももちろ…

◆ シフォンケーキと万年筆 伊波虎英 ある小説を読んでいる時のこと。蚕の繭を茹でる生臭い匂いの描写 が出て来て、別にその文章自体はどうってことはないし、僕自身も 一度も繭を茹でる匂いを嗅いだことはないのに、なぜかその生臭い 匂いを非常にリアルに感…

年末恒例題詠◇わたしの愛読書 宗教で囲へば逃げてゆく神のあかんべえする桃色の舌 二十年前に手にした遠藤周作の『深い河(ディープ・リバー)』 には、学生時代に親しんだ彼のこれまでの作 品(キリスト教系の学校に通っていた僕にと って遠藤周作の数々の…

◆ 短歌の鑑賞について 伊波虎英 短歌の実作と鑑賞は車の両輪のような関係だと最近つくづく思う。 と言っても、良い歌を作る人は鑑賞文が上手いとか、鑑賞文が上手 くなれば良い歌が作れるようになるなんてことが言いたいのではな い。何も鑑賞文を書くことが…

【固有名詞の一首 自歌自解】いつもいつも「次は次屋(つぎや)」の案内に笑ひてわれらバスに揺られき 〈われら〉 とは、父母と妹とぼくの四人。 三十五年以上も前のぼくたち家族四人のこと だ。当時、近所にショッピングセンターなど なく、ちょっとしたお出…

◆『北二十二条西七丁目』 田村元歌集 二〇〇二年に「上唇に花びらを」で歌壇賞 を受賞した作者の第一歌集で、一九九八年か ら二〇一二年までの三七一首を収める。一九 七七年生れ、「りとむ」「太郎と花子」所属。 日常を肯ふやうにまひまひが祭のあとの大学…

◆『歌がたみ』 今野寿美著 江戸千家茶道会の月刊誌「孤峰」に、二〇 〇七年七月号から二〇一一年三月号まで連載 された四十五回分の文章をまとめた一冊。帯 文には「和歌に秘められた仕掛けと美感を平 易に説き明かした入門的エッセイ集」とある。 たとえば…

◆『水の花』 雨宮雅子歌集 一九二九年生まれの作者の第十歌集。歌集 名は、作者夫婦と交友があり、闘病中に自宅 で孤独死した小中英之の<沢瀉は水の花かも しろたへの輪生すがし雷遠くして>から採り、 沢瀉(おもだか)は夏の水面の白き花 孤独死をなぜ人…

◆『しんきろう』 加藤治郎歌集 四十八歳から五十二歳の作品四三七首を収 めた第八歌集。 四日後に説明すると俺に言う俺の未来を知っている奴が 十年の時間を買うという夢の許されていて今ぞ失う 厳しい経営環境に直面している勤め先。退 職勧奨や配置転換な…

◆ 爆笑短歌 伊波虎英 笑いを誘う歌には、ウイットや毒があって思わずニヤリとさせら れる歌や、独自の発見や気付きに満ちた歌、自己を真摯に見つめ自 虐的に表出した歌、「面白うてやがて悲しき……」の境地に達した 歌などさまざまあり、定型表現を生かした秀…

◆ 詩的昇華装置としての定型 伊波虎英 斉藤斎藤さんが「歌壇」一月号で「日常的な感慨を効果的に表現 するためだけに口語も文語もつまみ食いする、いわゆる文体の『ミ ックス化』は、言葉を思想や現実から切り離し、短歌を自己表現の ツールに、短歌のための…

◆ 継続あるのみ 伊波虎英 「短歌人」に歌が載るようになってこの号で八十四回目、ちょ うど七年になった。欠詠しないことと共に、 歌といへばみそひともじのみじかければたれもつくれどおのが歌つくれ 土岐善麿『空を仰ぐ』 「おのが歌」を詠うことを常に念…

◆ モナリザの瞳 伊波虎英 オールスター戦明け、阪神が巨人に変わって首位に立ち、ペナ ントレースがますますおもしろくなってきた。このまま最後まで 首位でいられるかは期待半分不安半分の半信半疑。長年、阪神フ ァンをやっていると、阪神の選手がプレーし…

◆ キングの言葉 伊波虎英 <細部、細部、真実は細部に宿る。そして目で見たことは、言 葉にしてくれと叫ぶものではないか?><手はじめは自分が知っ ていること、そののち、それを再創作する。芸術は魔術だ。それ に異論をとなえるつもりは毛頭ないが、あら…

◆ 短歌の声 伊波虎英 最近、関西電力のCMに中島みゆきの「糸」という楽曲が使わ れていて、彼女の歌声がテレビから流れてくると、ほかの作業を していても思わず画面に目が行ってしまう。彼女の曲のなかでも 好きな曲のひとつで、前からよく知っているから…

◆ 生きていくための短歌 伊波虎英 一月に、「31文字のエール〜詠み継がれる 震災の歌〜」とい うNHKの番組で、夜間定時制の神戸工業高校で学ぶさまざまな 境遇、年齢の生徒が短歌創作に取り組む姿を見た。指導している 国語科の南悟教諭が、『生きていく…

◆ 「短歌人」二〇〇九年の十首 伊波虎英 短歌商業誌では、年末に年鑑を出したり特集を組んで、その年 の歌壇を総括するのが恒例である。結社誌である「短歌人」にも、 同じような企画があってもいいのではないだろうか。以前から、 編集委員各氏による<「短…

◆ うたを読む 伊波虎英 「短歌人」に寄せられた歌には、毎月すべて目を通すようにして いる。会員2、1、同人2、1という順に読みながら、いいなと思っ た歌には赤ペンで○をつけてゆく。辞書を引いてもわからない言葉 で気になるものにも、後で調べること…

◆「私のポスト」伊波虎英 尼崎、通称「アマ」に住んでいる。市外局番は、大阪 市と同じ06番だが兵庫県。あのJR福知山線の脱線事故 があった所だ。 関西圏外の人には、ダウンタウンの浜ちゃんみたいな ガラの悪いコテコテの関西人がいる、アスベストが舞う …

◆『高柳蕗子全歌集』 四冊の歌集とそれ以後の作品「漂流トラン プ」十八首をまとめた全歌集。冒頭八文字を 抜き出した「あいうえお順索引」と共に「キ ーワード索引」が付されているのが嬉しい。 花びらの浅いふくらみ泣きはらす赤いまぶたにたとえてはなら…

◆『流亡の神』 米口實歌集 「眩」を主宰している著者の三三七首から なる第四歌集。今年八十五歳になるというこ とで、おのずと老いや死をみつめる歌が多い。 白桃の和毛(にこげ)ひかれり老いびとの食みあましたる夢のごとくに 股関節を確めながら起きあが…

◆『亡羊』 奥田亡羊歌集 「心の花」所属で、二〇〇五年に「短歌研 究新人賞」を受賞した著者の第一歌集。三十 二歳から三十九歳の時期の三四〇首を収める。 言葉にはならぬ思いを聞き役のアナウンサーがすらすらと言う カメラ越しの人々の<思い>は、ややも…

◆『夏桜』 中野昭子歌集 もち重りするにはするが空洞で南瓜のごとき六十歳(ろくじふ)すぎぬ 二〇〇〇年夏から二〇〇六年夏までの著者 六十歳前後の時期の作品で編まれた第四歌集。 「人並み程度にいろいろなことがあった。」と いう、高齢の親、夫、娘、孫…

◆ 鞄とカバン 伊波虎英 「短歌人」に目を通していると、読み手としてはもちろん、同じ 実作者の立場からも、漢字とかなの表記のバランスや定型のリズム、 さらに破調の歌であればなおさら破調のリズムというものにもう少 し気を配るべきだと感じる作品にしば…