◆『秘密基地』雑感


舟橋剛二歌集『秘密基地』を読んだ。
歌集出版を決意してから出版までの道のりを、筆名の
清水幸多として公開しているウェブ日記でリアルタイムで
読んで知っていたので、短期間でこれだけの歌集が
よくできたものだと感心する。さらに、このボリュームと
装丁で、1600円におさめたというのもすばらしい。


口語短歌を中心とする400首以上の短歌作品とともに、
「じいちゃんが愛した君へ」という詩も収録されており、
冒頭に俳句1句を置いた詩と短歌のコラボレーションの
5章からなる「浅い夢」という一連も含んだ多彩な作品集だ。
連作では、「羊たちの反乱」32首が読み応えがあった。


ちょっと話が逸れるが、今、「題詠マラソン2005」の
過去ログで大量の口語短歌を目にしている。言葉を
定型に押し込んだだけのつまらない独り言だったり、
自己陶酔完結型で甘ったるくて胸焼けがする歌も正直多い。
『秘密基地』収録作品には、「題詠マラソン」に参加している
短歌初心者のような稚拙さはもちろんないのだけれど、
口語短歌そのものがもつ<甘さ>に、表現の<甘さ>が合わさった
歌はどうも苦手で、詩的に昇華していて胸にすとんと届く歌に惹かれた。


  ひとけない電車に蝶が迷い込むおそらく僕の胸にいた蝶
  あふれだす思いが胸を飛び出して次々空に刺されば銀河
  狂いだす前のおまえはいま何を思っているか二月の桜
  どこまでも落ちてみようか神様は案外下にいるかもしれない
  部屋の中にいるのはいやだスタンドは僕の心の中まで照らす
  出口などない方がいいはなやかな迷路の中で生きてる僕ら
  ふらふらとどこへ行っても死ぬことを忘れるためにないているセミ
  ふと猫がどこかで鳴いて生徒らの目が虎になる一瞬が好き
  どうせなら夢は大きいほうがいい 冬、ひまわりのたねを見ている
  水色になれない水のかなしみがあつまるさきの海の濃紺
  十二時になると乙女の目になってお皿をくばりだす老女たち  舟橋剛二


最後に挙げた歌は、デイケアセンターへおそらくボランティアに
行った時の歌で、「終わりなき旅」という29首からなる一連から。
昼食の支度というデイケアセンターに日常的にあるなんでもない場面を、
老女たちに乙女の姿を垣間見たという気づき・発見で切り取った歌では
あるけれど、そうした現実世界とは別世界のファンタジーのはじまりを
読み手に想像させる非常に魅力的な作品に僕には感じられた。
表現の<甘さ>をいかに克服していくかが、口語短歌を詩的に昇華させる
必須ではあるけれども、それとは別に、読み手を口語の文体で軽やかに
別世界に導くような、作品の背後にイメージのひろがりがある作品
というのも口語短歌の大きな魅力のひとつになり得るのでは
ないだろうか、とこの作品を通して思った。


*ここでいう<甘さ>とは、「未熟さ」を意味するものではない、念のため。