2012-01-01から1年間の記事一覧

◆『北二十二条西七丁目』 田村元歌集 二〇〇二年に「上唇に花びらを」で歌壇賞 を受賞した作者の第一歌集で、一九九八年か ら二〇一二年までの三七一首を収める。一九 七七年生れ、「りとむ」「太郎と花子」所属。 日常を肯ふやうにまひまひが祭のあとの大学…

ホットケーキ 伊波虎英 パンケーキ食べむと長き列をなす乙女にわれはつらなりがたし 台風が近づいてゐる日曜の昼をふくらめホットケーキよ おそらくは中秋無月となる今宵 すこし多めにふくらし粉混ず パンケーキとホットケーキの違ひなど考へながら生地をこ…

海原のかなたに生れて海原のはるかに果つるいちぢんの風 伊波虎英 *題「自由題」(2012.10.26〜11.26) *歌会詠草一覧(30首)は、こちら。↓ http://tankajin.seesaa.net/article/303937904.html *今回は選歌があり(ひとり3首)、僕の…

◆『歌がたみ』 今野寿美著 江戸千家茶道会の月刊誌「孤峰」に、二〇 〇七年七月号から二〇一一年三月号まで連載 された四十五回分の文章をまとめた一冊。帯 文には「和歌に秘められた仕掛けと美感を平 易に説き明かした入門的エッセイ集」とある。 たとえば…

こほろぎ 伊波虎英 こほろぎの声がやさしくひびきをり夜のしじまを啄むやうに すらすらと歌の出て来ぬ脳みそに塩麹まぶし寝かせてみたき 国旗振るやうに団扇を振るわれの(日本万歳!)入眠儀式 ジャングルに置いてけぼりのさみしさで秋の虫の音(ね)きく熱…

◆『水の花』 雨宮雅子歌集 一九二九年生まれの作者の第十歌集。歌集 名は、作者夫婦と交友があり、闘病中に自宅 で孤独死した小中英之の<沢瀉は水の花かも しろたへの輪生すがし雷遠くして>から採り、 沢瀉(おもだか)は夏の水面の白き花 孤独死をなぜ人…

薄荷緑の歯ブラシ 伊波虎英 養殖のうなぎが餌を喰ふところ見てよりうなぎ苦手となりぬ 花火とは花の火ならず然はあれどアンダルシアのひまはり畑 あたらしきミントグリーンの歯ブラシをおろす寝苦しき夜を越えきて 歯ブラシの刷子にさへも彩色をほどこす無駄…

◆『しんきろう』 加藤治郎歌集 四十八歳から五十二歳の作品四三七首を収 めた第八歌集。 四日後に説明すると俺に言う俺の未来を知っている奴が 十年の時間を買うという夢の許されていて今ぞ失う 厳しい経営環境に直面している勤め先。退 職勧奨や配置転換な…

ベビーリーフ 伊波虎英 納豆に夏の緑をふらせたり刻みてまぜて香る大葉を 納豆の糸食ふために納豆をよくかきまぜる 大飯再稼働 啄木のひと生(よ)のごとき若草のベビーリーフの苦みを食めり つまらないことでも物を考へてをれば頭が痒くなるなり 頭、首、肩…

犬の眼 伊波虎英 ブレーキの無き自転車が通り過ぐ風待月(かぜまちづき)のわれをかすめて まきばしら太き乙女もか細きも蟬羽月(せみのはづき)の街を歩めり この菊地直子とともにやせ細りゆきし日本の十七年か 食道を逆流するごとエレベーターのぼりてわれ…

◆ 爆笑短歌 伊波虎英 笑いを誘う歌には、ウイットや毒があって思わずニヤリとさせら れる歌や、独自の発見や気付きに満ちた歌、自己を真摯に見つめ自 虐的に表出した歌、「面白うてやがて悲しき……」の境地に達した 歌などさまざまあり、定型表現を生かした秀…

五月の風よ 伊波虎英 春眠や、行きか帰りか知らねども亀の甲羅にまたがり候 みそ汁の半熟卵をつぶさぬやう茶わんの飯のうへにのせたり つぶさぬやうのせた卵の半熟をましろき飯のうへでつぶしぬ 人間が造りしものを破壊する神が創るを破壊する人 神々が創り…

ジュとオレ 伊波虎英 ポタージュがゆつくり冷めてゆくやうに孤立死はあり、孤立の後に 春一番吹かざる街のミシン目を雑にやぶりて開けてみたし タトゥーなき力士のひろき背(せな)に書く 脱原発 > と人さし指で 番組に過去なつかしむもの多き弥生、日本はも…

春を待つ 伊波虎英 卓上に置きつ放しの聖書(バイブル)は獣舎にねむる象のやうなり たはやすく人を信じてこはれたる人を憐れみかつ羨しびぬ この白くにごれる水を牛乳と信じて今朝もつめたきを飲む 未執行死刑囚たちの心臓の鼓動あつめて降りしきる雨 やは…

冬の真水 伊波虎英 百貨店のみで使へる商品券手元にあればひやくくわてん巡る しめやかに仏具売場は七階の奥処にありて線香を買ふ 浴槽に冬の真水をみたす間もこぼれつづける命はわれを 「カーネーション」見つつ思へり尾野真千子演ずる河野裕子を見たし 六…

スキージャンプの選手はさほどジャンプ力を必要としないことがわかりぬ 室井忠雄 匿しもつ固き冬の芽 土双つ重ねてすなはち圭也にあれば 柚木圭也 静けさのなかに沈みぬ君も子もいなければただの箱だ、この家 鶴田伊津 死体あるところに赤い旗が立つ炎のよう…

ねこ捏ねてねこ裏返る日曜の午前をあそび鳥のこえ降る 内山晶太 冬至なり部屋に射し入る赤き陽を負いて明るき短歌を詠まん 畑中郁子 成犬の躾を頼みに行くような心地でメンタルクリニック訪う 生野檀 極月の夕べひとりの紳士来て明治牛乳の試飲を勧む 助川と…

向かい合いガラス戸拭くときお互いに見て見ぬふりに老いを言わざり 滝川美智子 ポケットティッシュを百個もらひぬシーメンスの補聴器買ひし抽選券で 荒垣章子 三十代六人集ふ既婚一人バツイチふたり子どもはひとり 鎌田章子 いつまでも子どものような夫がい…

駅に着く電車の窓はくもりゐて深く息して人を吐き出す 山根洋子 答へなきうつつに迷ひ明快な分量に焼くパウンドケーキ 松岡圭子 幸(さち)ゆえに笑むのかえむからしあわせか体感温度はいつでも春日 今井ゆきこ 辛口の物言い増える年の瀬の松前漬けは薄味に…

初昔(はつむかし) 伊波虎英 愛らしき鳥のさへづり聞こえれば歩は止めざれどめぐり見回す いづこにも小鳥は居らず前をゆく老女がひとり間遠に見ゆる 愛らしくさへづる鳥の音(ね)を立てて軋むカートを押しゆく老女 震災は詩を殺したと思ひつつ紅白歌合戦を…

星は今しんと冴えをり独り居(ゐ)の一口焜炉の青き炎(ひ)に似て 岡田悠束 虫の音に目を閉じており夜に鳴くひとつひとつを孤島と思い 守谷茂泰 みづうみにしづめし斧の物語 こころ貧しくあれば思へり 原田千万 鬱の日も鬱晴るる日もさりながらかたはらに置…

国立の癌センターの入口に車つかへて渋滞しをり 田中浩 八ケ月仰臥せし父、棺へと入りしのち立つエレベーターに 生野檀 骨密度三十代と褒められし九十の父が小遣いくるる 柊明日香 長雨の晴れたる朝(あした)庭さきに露をふふみて蜘蛛の巣ひかる 近藤かすみ…

誰ひとり顔を上げねど部屋ぢゆうの目玉がうごく咳きこむたびに 関口博美 塗れ染めし茶虎猫(ねこ)の毛のごとゆふぐれて河野裕子のゐない絶望 黒田英雄 南蛮絵の中にはだへのくろきひと幾人もをりて荷役をになふ 小出千歳 長き丸太の椅子の置かれて足湯あり…

暗がりに信号をまつ人影のそのちひさきがあはれわが妻 伊東一如 シルバーの派遣に頼り小屋一つ壊して雪の心配なくす 小松志津 戦争を煽りしあの日の新聞と名前変わらぬ今朝の新聞 野上卓 母親となりたる姉妹陽だまりに語り合うのを見るはうれしも 新倉幸子 …

アロマミストランプ 伊波虎英 アロマミストランプ灯せりぬばたまの夜を短歌に倦(あぐ)み疲れて 月かげの青を浮かべる湖ゆたちたる霧のかぐはしきかな キャンドルが文具でありしいにしへの夜よ、ひと恋ふ心のぬくみ 夕刊に小さく載りしルネ・ヴァン・ダール…

くりの実を甘く煮ており三十の鬼皮剥きしわがゆびのため 高木律子 足先をそろりブーツにとほしゆき直立二足歩行の覚悟 関口博美 双眼鏡の視界のなかに閉ぢ籠もりしばしかもめの群を見てゐる 大室ゆらぎ 細やかなこころなるべしとび発てば鷺の二の脚虚空に揃…

日本史の片隅にいてときおりは思い出のように吾をよぶ渤海 水島修 豊胸術の跡もつ老のむなもとに心音とほくかぼそく聞こゆ 松岡建造 ホームセンターで買いし自転車パンクして自転車屋探す風強き日に 上野節子

バファローの暴走のごと走りきて人間地球に七十億人 松永博之 湯浴みさへ叶ふのならば草原のノマドになりたし大き夕焼け 庭野摩里 奥村晃作をすこし上手くして平凡にしたやうな歌をつくる歌人あり 山寺修象 もどるなき夏のゆうべの風想い朽ち果ててゆく扇の…

かなしみは挨拶もなくそこにゐて一緒にテレビを見てゐるのだな 藤田初枝 馬は頸そろりと振りて私を記憶したるらし秋の匂ふ日 高崎愼佐子 小龍包は紙よりも破けやすくしてはださむき夜の夢に出でたり 内山晶太 バランスの崩れはじめし連れ合ひが仙人掌の鉢増…

塩大福 伊波虎英 わが何を奮ひ立たせむために見るユーチューブにてKOシーンを もし神のあらばその愛、はつかなる塩大福のしほの味はひ 蜩のイメージのみが心地よく残りてゐたる 『楡家の人びと』 薄き壁へだてて流れ来し唄のおほき声なる「岸壁の母」 神戸…