暗き燭は机上を荒ぶ海となしフランス詩選を沈めておりぬ  久保寛容



天王寺駅連絡通路に春近き靴墨のにほひ流れてをりぬ  梅田由紀子



池の辺に老夫婦ありさざなみはつぎつぎとくらき陰を生みゐつ  松野欣幸



湯に浸かる婆さまの顔と湯婆の凸凹具合が少し似通ふ  白山太郎



吐き捨てるやうにもの言ふ姑の入れ歯は常に食卓にあり  忍鳥ピアフ



シースルーエレベーターに乗りみても吾は天女になることはなし  伊藤直子



猫二匹寝(い)ねて動かぬところより空き地の春はうまれゆくべし  森脇せい子



きみ知るや「薄荷」の由来 開拓期薄い荷物で輸出されしと  小島すぎ子



受信器を見つめていると着信音鳴る直前に微かにうごく  山本照子



玄関に靴のひも解く束の間を朝に活けたる水仙匂う  永田きよ子



手のひらの皺の具合で将来がわかってたまるか地下街を出る  近藤かすみ



六花(りくくわ)・六出(りくしゆつ) 春は名のみの春にして排雪車(スノーローダー)行き交ふ札幌  佐藤綾子



会食が終ればかさかさ一斉に取り出す薬法事の席に  星理和



ぷるぷると震える脳は例えても例えきれないピンクの豚だ  花森こま



縁側に冬陽あつめて黒猫がツキノワグマとなりて眠れる  三良富士子



朝礼は連絡事項の無きことを連絡事項として進行す  河村奈美江



ひらがなのうち重ね合うよろこびをもっとも知っているのは「ゆ」  天藤結香里



帆船のかぜを孕みてすべりゆくごとくあしたの朝を目覚めよ  岩橋佳子