6.16:麦とろの日  伊波虎英選


【天】
弥次さんが喜多さん殴る麦とろの日  谷口純子  
【地】
麦とろの日の聖職をかなしめる  ユースケ     
【人】
麦とろの日の白昼の口が開く  春畑 茜    
【佳作】
頽れて麦とろの日に女体抱く  文平字
副校長麦とろの日の無為無策  中村安伸
シヤラポワの脚見てをるや麦とろの日  寒蝉 
木曜を休みにしたし麦とろの日  大西龍一    
麦とろの日背中合わせにライバルも  望月暢孝
麦とろの日のたくましき未亡人  櫂未知子
麦とろの日やつつがなく脱稿す  緋色


【選評】
麦ごはんのイメージアップと普及をめざして「麦ごはんの会」が制定した記念日。
歳時記によると、「麦とろ」は秋の季語で、「麦飯」は夏の季語となっている。
イエス・キリストは「人はパンのみにて生くるにあらず」と言ったが、
それは、我々が<パン>なしでは生きてはゆけないことの裏返しでもある。
「地」のユースケさんは、その人間の哀しみを、そして
「人」の春畑茜さんは、人間のたくましさを詠んだ。
「天」の谷口純子さん。
東海道中膝栗毛』には、丸子宿で夫婦喧嘩に遭遇し、
名物のとろろ汁を食べ損ねる場面があり、それをひと捻りしてみせた。
蒸し暑いと食欲がなくなるだけでなく、イライラして怒りっぽくなるものだが、
弥次さん喜多さん」という固有名詞を詠み込むことで句におかしみが出た。
次に、「佳作」。
文平字さんの句。
頽れているのは心か。「麦とろ」との取り合わせが何ともエロティック。
中村安伸さんの句。
「副」や「次」の付く役職の方のご苦労を思わずにはいられない。
寒蝉さんの句。
シャラポワの胸ポチでなく脚に目が行くのは、かなりバテている証拠?
大西龍一さんの句。
  願わくば麦とろの日の非番  二健
  朝会をパス麦とろの日にあれば  島田牙城  
と同様の発想。水曜でなく木曜としたところに工夫があり、健気さも感じる。
望月暢孝さんの句。
夏バテ予防に必死なところをライバルには見せたくないもの。
麦とろを啜る音の威勢のよさでも張り合っていそうで滑稽。
櫂未知子さんの句。
「未亡人」と「麦とろ」の取り合わせが絶妙。
ただ、「たくましき」は言わずもがなか。
緋色さんの句。
無謀にも引き受けてしまった特別選者、「つつがなく脱稿」といきたいもの。
みなさま、5日間よろしくお願いします。
選外では、坂石佳音さん。
  麦とろの日や一一一一一  坂石佳音  
ズズズーッと麦とろを掻き込む音が聞こえてきそうな句で注目したが、
横書き表記のみに視覚的効果が限定されるのが惜しかった。


【選者吟】
麦とろの日の現実を流し込む  伊波虎英