海空の交接点に救済のありや、埠頭に多くが見ており  生沼義朗



春がすみへだてておぼろ海柘榴市に平群鮪(へぐりのしび)の声ぞきこゆる  人見邦子



ずんずんと無口になりてゆく吾子が「釣りをしたい」とぽつりと言えり  早川志織



桃の花しづかに咲かせ一軒の古き小さな家はあらはる  大橋弘



良きことの日ごと少なくなる国に低温火傷のごとく憲法  武下奈々子



     バハルダール
青ナイルはじめて落つる陸の襞みづの歓喜の声われを消す  本多稜



睡蓮にふりそそぐ雨ほんとうはわたしが濡れておらねばならぬ  阿部久美



羊歯の葉の露にさやりと触れてゆく半ズボンの脛(すね)はるかなるかも  川本浩美



葉桜の土に落ちたる影うごきけたたましくも犬の吠えける  小池光



     批評と礼節
三十代半ばは既に<中年>と記す文章読みてかなしき  宇田川寛之



忠言か小言か知らず琉金の口の動くはみなわれに向く  春畑茜



あかつきの丘のなだりに痛点のごとく散らばる街のともしび  倉益敬



横向きに死にいたる雀をよこむきに埋めてやりたり花冷えの朝  松崎圭子



甘くも冷たくもなき西瓜を毎晩食ふやうなことがしあはせかもしれぬ  山寺修象



笛吹けば二度と戻らぬ思い出のごとく列車は動き始める  八木博信



植木等が灰になりたる日の夕べわが母もまた灰になりたり  足立尚計



鈍行と呼ばぬ普通が扉(と)を開けてホームに長く急行を待つ  吉浦玲子



わかくさの「チュチュアンヌ」とう店が開き蕾のようなブラジャーを売る  今井千草



鳩サブレー>極め付けなる輪郭のあたたかさはや乳の香りす  和嶋忠治



雨やみし駅前広場に乳房ぬれ石の裸像のやわらかく坐す  相川真佐子



炒めゆく春のたまねぎ褐色へうつる過程をゆたかに匂う  相川真佐子



カーナビのなかに我が家を灯しつつ訪れてくるひともありなむ  斎藤典子



光沢紙濡るるばかりに出できたりきのふ別れしひとびとの顔  斎藤典子



いづくまで続く菜の花 見え隠れしつつ埋もれて帰らぬもよし  蒔田さくら子