カーテンの捩れにさへも人間の苦しむ様の顔のうかびく  大橋弘



人が一人電車の中を縦に通り悲しみがあとに蹤いて行つた  酒井佑子



滑り台取り外されし公園から葡萄のような子らも消えたり  鶴田伊津



       多摩川増水
かたくなに救助をこばむホームレスにしばしこころは寄るとこそ思へ  川本浩美



愛するよりも愛されたい ぬばたまの長谷川泰子にこころは添へり  橘夏生



落し物がショー・ウィンドーに並びおり公民館内廊下づたいに  小野澤繁雄



檳榔を噛む習慣を自粛せよと指導ありしがその以後知りたし  斎藤典子



算盤責めとふ拷問ありしことおもふ皮膚のかゆさにただ耐へながら  小池光



卵無きたまご売り場の静寂がどかんと其処に座っておりぬ  橘圀臣



竹林の闇よりも尚濃き闇を一節ずつに育てゆく竹  平野久美子



僕のバイクの近くで子供を叱るので路面電車で帰宅しました  足立尚計



大股開きの光に陰(ほと)があるならば帆柱は遠き航海のため  梨田鏡



ごはんごはんごはんが甘し秋の夜を不安ばかりに噛みしめてゐて  春畑茜



午後八時寝かせるをのこ我が葬式の喪主この子なりと想へば愉し  管野友紀



我が家の生ゴミもろとも飲み込んで収集車に力みなぎる  岩本喜代子



巨きなる生きものの背のごとくにて芝生をわれはひととき撫でつ  多田零



ちぎれたる金魚掬ひの和紙に似て夕べ雲湧く海原のうへ  金沢早苗



吉凶を占うごとく幼子の指はバナナを剥き始めたり  山本栄子



世田谷区等々力読めずララチカラ、イエイエ、ボクラ ララ科学の子  藤原龍一郎