朝焼の空に浮びし太刀魚の雲は尾を跳ね「踏み出せ」といふ  岩橋佳子



雪の面の冬樹の影のアラベスクはかりがたしも老いさきのこと  吉田宏道



雄叫びを奔馬のごとく張りあげてマリア・シャラポワその長き足  野村裕心



鬼やらひ恥づかしといふ娘伴なひて小さき声に福を呼びをり  保里正子



「短歌人」届きし夜に諾へりさびしさゆゑに復帰せし事  中辻博明



休日は寝溜めしておく出来るならサイコロ振って遠くへ行きたい  宮西勝子



子供らが二人そろって風邪を引きうどん鼻水こもごもすする  大関



洋装のをみなは悪女和服着のをみなは善女そが邦画(キネマ)なり  黒田英雄



大切な命が一つ一つ積み重なればカルテの山となる  松村厚子



夕焼けの色を説明できぬまま街のあかりが灯りはじめる  小澤洋美



行間に見える一瞥 「草の葉」を閉じて憂える土曜の兵士  久保寛容



   紅白歌合戦・我輩の本名は健一である
五十一マツケンの腰の切れを見て三十五のケンはただただひれ伏す  白山太郎



背中の毛はしばしばうねるけんめいにペルシア猫としてをりたれば  花鳥佰



崖上の家ひらひらとシャツ干せりひとはあやふく今日を生きゐる  川井怜子



残されし己れの時間知らざれば日向の猫と欠伸をしをり  佐藤宏子



無口なる君が心の湧き水ををりをり掬ひのみほすわれは
右の手は利き手であれこれさはるからわたしはあなたの左手が好き  小島すぎ子



街上に煙草一本落ちていつ唇ひらくままの紅  村田耕司



感受性吹き曝されて風邪ひきのスティック糊のやうですまるで  洲淵智子



厩戸の皇子(みこ)のみことの隻眼かふたたび見たり変化(げ)の月を  高島藍



仔を六つ生み終へ隣家の白猫はつぶれし餅のやうに臥しゐる  菊池尚子



この朝に脚何本の生えてゐむ汚されやすき雪のしろさよ  松野欣幸