この齢(とし)になれば初めて見る貌(かほ)なしどいつもこいつも誰かに似てゐる  黒田英雄



おおどかに湖を抱く磐梯の見守るところを会津と言えり  野村裕心



富士山の残雪もよう鳳凰の形となりて飛びゆくような  安藤厚子



楽天よ0対26とはいかんせんああピンチポンチパンツがズレータ  中辻博明



老桜の身を投げるごと枝垂れ咲くを気づかいており人も水面も  斉藤君枝



明日あると信じて生くる手のひらに降りくる雪は降りながら消ゆ  石高久子



つがえたる矢にて自ら射るようなこむら返りに組み敷かるる夜  高橋とみ子



チョコレートにくるまれてゐる柿の種待てど暮らせど双葉は出でぬ  水田まり



殺したき人先に死ぬ残念だ研いだナイフでリンゴの皮むく  菊地威郎



シュレッダーにいとも容易く刻まれる十グラムほどの我の履歴書  桂はいり



かがよひて見事に木々に花咲けば世に悲しみのあることのふしぎ  岩崎文子



涅槃図のごとく集いし子供らは我がさまを見て揉み始めたり  宮田猟介



春雨の糸をたぐりてそのかみのまぶしき季にまたあはめやも  松野欣幸



淀川の川原の草の萌えそめて朝の艇庫に人影うごく  梅田由紀子



ちぎれ雲の翳おく山の一処 目には見えざる時間が動く  八木明子



たよりなげに右手はうかぶ セーヌ河畔、亡命詩人のスナップ写真に  花鳥佰



むかし子をなせしをとこと春の雪ほつりほつりと眺めてをりぬ  近藤かすみ



中村屋月餅見れば思い出す菓子も国家も小さくなりぬ  藤倉和明



骨董店銀月館の夕あかり桜の向かうに息づきともる  森脇せい子



老松町酒店の百歳媼より酒買ひゆらゆらただよひ行けり  吉野加住子



探偵社のビラ貼られゐて住宅街の掲示板けふ生(なま)々とせり  川井怜子



正座後の足のしびれの戻るよなこの雨音は庭よりきたる  脇山千代子



船影(せんえい)はひかりの海にのみこまれたしかなことは岸をうつ波  朝生風子



隅田川春はいまだしにっこりと父注文す鰻重特上  越田慶子



街路樹も萌える春日を愁えればバス運転士の青き刈り上げ
百五歳の住まえる蜜柑垣の家(や)に我のなにかを正して入りぬ  久保寛容



ひとっこひとりいない真昼の公園にむんずむんずと地球をまわす  山本照子



瓶覗きとふ色を初めて知りたるは呉服屋稼業見習ひのころ  小島すぎ子



穏やかな医師の話術に操られスライスされゆく私の楕円
検診の結果を家電の保証書のように受け取る我が誕生日  永田きよ子