山椒の若葉つむとき山椒はかなしいまでに山椒の香で  桂はいり



歯磨き粉少な目にしてしぼり切る勇気などない今日を始める  森直幹



芸よりも日本語の上手さに感激す大道芸の外国人よ  青柳令子



うしろむく回転椅子の背もたれがおそろしく見ゆひとりの部屋に  岩粼文子



君からのメールが届く届かない見えぬ花びら何度も散らす  小澤洋美



没落の名家の貴婦人おもわするペーパーナイフは使わずさびず  竹市さだこ



段ボール積まれたテラスこんなにも春のひかりを素直に集め  天藤結香里



天神様の杜に鴉の啼きあひて中曽根康弘まだ生きてゐる  黒田英雄



曇天に小さきけものの汚れたる背と見紛いぬ庭の残雪  荒井恵美子



万博のマスコットなるモリゾーとキッコロはきつと森憎モリゾー)と木殺キッコロ)  洲淵智子



この春の遅速はふつか亡き父の造りし庭の紅白梅図  久保寛容



突風に飛ばさるる帽子橋上より失意を形に見せて落ちゆく  佐藤宏子



かぎりかぎりいちづにうたへり テレサ・テン斎藤茂吉亜細亜びとなりき  花鳥佰



だれひとり知らぬ人らと共に見るエレベーターの階数ランプ  近藤かすみ



血族を抜けだしたくて風船が破裂するまで息を吹き込む  山本照子



いつの日か地球最後の煙草吸ふ人のあるべきことを悲しむ  田村よしてる



さくらツアーは旅でなく横峯さくらと分るまで一瞬の間あり  星理和



干天のしばらく続く麦畑は老いたるライオン眠るがごとし  越田慶子



生と死のあはひは知らずわれら乗る混み合ふ朝の快速電車に  小出千歳



人の声の下りてくるを待ちており「枳峠」の読み聞きたくて  御手洗満子



パッチンと閉じる音良しコンパクト思わずわれも背筋をのばす  藤倉和明



青春のどどどどど真ん中にいる人が眩しい年だわたしも  平井節子



ふたなりのものさがすため禁じ手の指癖をもつあなたとわたし  島菜穂子



広くもない一軒の家壊されて三軒建てり手品のごとく  遊亀涼



終バスの速度しだいに増しゆけり運転手にも終バスなれば  松野欣幸



一党独裁の末見え始む阿Qの民の行進の先  森脇せい子



親交は一切なきに焼香の列に加はる自治会の掟  忍鳥ピアフ



全山の芽吹きむらがり興す風がうがうと鳴る春は空から  川井怜子



ステンドグラスの笠を回してみたりけり一番さみしき絵柄はどこか  佐々木和彦