■
『渡辺のわたし』の中にただ一つら抜き言葉があるをよろこぶ 松木秀
れ恋恋 ら裸裸裸裸裸裸 ろ論論 猫が五月を恋しがるうた 安斎未紀
三組の葬儀重なる控え室せんたくばさみで留めし靴あり 前田靖子
高貴なる名と思ひゐしクレオパトラよくある名とぞエジプトにては 稲吉佳子
妻なくてさみしとあへて言はねども花みる人はみな連れをもつ 正藤義文
トリアージを初めて知ったのは新聞記事「子供には黒はつけられなくて」 幕田直美
千惠、千鶴、千佳に千秋の知人あり百合とう妻と桁の違う名 関根忠幹
刃傷に及べず吉良の老いを看て内匠の我は花を幾春 岡頌子
岸恵子 若さをほめる司会者にさらり応へるはつたりなのと 竹浦道子
縷縷毘盧毘毘盧遮那仏毘盧遮那毘毘(ルルビルビビルシヤナブツビルシヤナビビ)ひばりの身よりひかりのこゑ降る 矢嶋博士
へばりつく車窓の花びら拭くワイパー いつもと違ひぎくしやくしたり 本間甚太郎
図書室の「こわい話」の本はみな傷み激しくなお不気味なり 立花鏡子
丁寧語つかふ新人運転士ぼうし大きく眼が見えず 中山邦子
内容の判らぬマイク放送を漫然ときく桜樹がありき 井上春代
ほのぼのと六腑に点りゆく明かり露けき苺のくれないを食む 石井庄太郎
弱いもの苛めでないなら世のなべて多少の悪事は大目にみます 新堀恭子
身体のあらゆる部位を感じつつ歩く歩けば影までわたし 猪幸絵
巷には略語あふれて清原はネクストバッターズサークルに立つ 大越泉
終日をひびく鎚音胸底に死者は離別の釘打てるらし 矢野千恵子
威嚇したき天敵やある千匹の蛙ふくらみ爆発せし沼
アトリエの天窓満たす夕影はレンブラントの偽画を燃やせり 有沢螢