かくれんぼの鬼はこぬまま盗汗(たうかん)にぬれてこどもはおしいれに消ゆ  高澤志帆



また一棟びょうぶみたいなマンションが現われ街の風を遮る  岩本喜代子



エストに合はせてサイズを決めたれば殿中でござるといふ体になる  冬野由布



水のなかにふたつのグラス重なりて一体となる離しがたかり  染宮千鶴子



店内に宙吊りされし自転車は空に消えしか水着が並ぶ  三木伊津子



こどもの日母の日ナイチンゲールの日あまねく慈愛のふりそそぐ五月  原みち子



子が親に似る当然の幾組を耳鼻科医院に見てゐて飽かず  山下柚里子



世界一短かい国歌は羞(やさ)しくて人ゐなければそつと口ずさむ  田中浩



朝光に妖精たちがのぞきゐむ眠る赤子のまぶたが動く  下村由美子



町の名は隣市の一部に変りしも生家のけやきどっしり茂る  渡辺未知也



母任せ妻任せなり男とは裸で石鹼家中探す  森田直也



催馬楽(さいばら)のしらべにのりて初夏の風吹き渡る毛越寺の庭  大場恭子



テレビには時にかなしきもの生(あ)れてけふは「お手」為す山羊が立ちたり  春畑茜



おもひでの湯呑み茶碗のひび割れは疾うに気づけど漏れねば使ふ  杉山春代



大人しく食われてはくれぬクロワッサンはらりはらりと表皮を落とす  大橋麻衣子



旧かなのひとおづおづと立ち上がり新かなのひとおずおずと立つ  椎木英輔