あふれだすまえに蒸発させられて職場にはただ熱だけ残る  猪幸絵



肉体の辺境(マージナル)である足ゆびのひとつひとつを愛撫する初夏  有沢螢



ひとのゐない夜のロビーにあるものは背中合はせの椅子のかたまり  蔵本かつ枝



様々な社会のひずみ一身に負いてレッサーパンダ立ち上がりたり  市川松男



金瓶にわれは来たれり斎藤茂吉百二十三歳と一日の日に  洞口千恵



わが頰をたたくパフよりやさしげに殺人現場に指紋とる人
米兵が奪ひしわが家の自転車は六十年後の駅前にあらむ   中山邦子



飛鳥・奈良の染めの名という纐纈(こうけつ)さん永眠欄に加えられたり  渡辺幸子



高山みなみが結婚した」と教えられどんなテロより驚いている  幕田直美



陸橋ゆ見下ろす土呂駅午前二時宇宙基地かと思ふ明るさ  和田沙都子



両足を水に浸して立つごとし耳鼻科のあをきスリッパ履けば  柴田朋子



やんはりとわれの思ひは拒まれて「ご放念を」の文字(もんじ)うつくし  竹浦道子



次々とレッサーパンダ立ち上がる国に暮らしている君と僕  松木



新しき園服にそらと名札あり「そら君、はい」とお釣りを渡す  前田靖子



日本に二樹あるうちの一つとふミドリヨシノは八分咲きなり  脇屋のぶこ



草や木と楽しくすごす一年の幸せに過ぎ九十歳迎ふ  戸塚とよ