みづ溜りのやうなる影を張りつけて沖縄人(うちなんちゆ)の歩む日盛り
ひとりでは海を渡れぬ死者のため石に魂(まぶい)を移すと言ひぬ     渡英子



風景の殺されている地下街にかすかにうごくセロハンの鷗  生沼義朗



鳩えらく男いやしく電線に鳩ゐて下を男歩めり  梶倶認



初夏のひかり及べる卓の上フルートは蜜の流るるごとし  相川真佐子



遺灰よりダイヤモンドをつくる記事 絹さやのすぢ溜まりてゆけり  永井淑子



品下る感じに揚がる紅生姜の天ぷらうまし品下るとも  吉岡生夫



抒情あり 尻からつづく太股に 成人雑誌陳列棚に  阿部久美



プーシキン像の前にはLAWSONがありて朝からおでんが人気  本多稜



伏せておく茶碗のなかにある闇もある夜の地震に激しく動く  平野久美子



引きぎははきれいになどと人に言ふ長きエスカレーターに運ばれながら  斎藤典子



無力・無能の大詩人父を書くために萩原葉子は生きて死にたり  水島和夫



虹色に光るときあれ新宿のハシブトガラスリービ英雄
死ぬ日へとわれら眠らむ血だらけの桜庭和志を見とどけて後  八木博信



横道に小さく避けて浸りおり森(しん)たる林(りん)たる木(もく)たる思惟に  依田仁美



暗闇がやがて明るむ朝々の小さきドラマを見続けてゐる  渡部崇子



群青の透けるドレスをそこなへる縫付ラベルの真白を除く  小宮山有子



電柱は逃げむとはせず身じろぎもせざり諸手に吾が縋るとも  山崎喜代子



暑中御見舞申し上げます。絵ハガキに婚姻色して夢みるヤマベ  明石雅子



反魂香たかむか迫る夕闇にこの世ならざる細き雨あし  三井ゆき



仏壇型冷蔵庫より取り出せる四ツ割西瓜真ッ赤な位牌  小池光