黒猫が横切ってゆくさっきまでわたしに在った記憶を連れて  猪幸絵



天涯にひとり身となりし従兄病めば初めて顔をちかぢかと見る  有沢螢



茎立ちて花を掲ぐる曼珠沙華たとへば一宿一飯の恩  みの虫



老ひ嘆く患者ばかりが続く日は堪忍袋の緒も切れかかる  高山路爛



調教をうけておとなになりし犬「つまらぬひと」のやうな貌せり  竹浦道子



金輪際会わないなどと決めたから会いたくなるということもある  荒木美保



衿元にこっそり忍び入るように秋の初めの風は人恋う  川口かよ子



病院の電話のそばのメモ帳に痩せたるへのへのもへじが居たり  柴田朋子



繁る葉の影に隠れし銀杏(ぎんなん)は目の慣れし時ワッと現わる  立花鏡子



猫はなぜケモノ偏に苗なのかわからないまま十月小春  林とく子



関根勤ラビット関根だった頃日本にはまだ未来があった  松木



遠く住むひとの魅力を語りいて「群れない」ということばに至る  若尾美智子