かつて空を飛びし自転車駅前に繋がれてゐて翼のあらず  藤本喜久恵



特急の停まらぬ駅を過ぎる時さびしき顔の人五、六人  大橋弘



新しきホワイト石鹼が薫りをり酔ひし夕べの洗面所にて  神代勝敏



花束の似合わぬ女が眼前を過ぎるはつくづく不運と思う  生沼義朗



息さえも家内に白く母の家の年始一日やりとりも淡し  小野澤繁雄



グーをだすつもりがパーをだすやうな別れのありき握手の後に  倉益敬



小池光を見るのはこれが最後かもしれぬとおもひ小池光を見てをり  山寺修象



豆まきの力士のような豪快で財布の中身ばらまきており  鶴田伊津



孤高とはまぼろしなれど冬空を支えていつぽんの木が立ちてをり  原田千万



忘れたきひとの名なおも過ぎる夜甘酒の香にすこうし噎せつ  佐藤慶



濡れ衣を晴らしたいのは俗物が金のなる木と呼ぶクラッスラ  吉岡生夫



冬ざれの一口(いもあらひ)なり時どきに不思議なる光降りてくるなり  斎藤典子



新陳代謝をちんちん電車としばしばもわが母いふと女高生いふ  小池光



まづ赤が堕落したれば四色のボールペンなる赤芯を替ふ  大森益雄



人納め出づる電車の最後尾跳び乗るデッキをもたぬはさびし  三井ゆき



先刻買いし妊娠テスト持ちきたりプラスかと聞く若きおみなご  橘圀臣



みどりごと並び昼寝のひとときはわがささやかな至福のひとつ  宇田川寛之



争ひに勝ちたる鵙の縄張の中にて暮るるわれのひと日も  村松洋子



余呂伎(よろぎ)とは波の動揺大磯の浜に座りていにしへ偲ぶ  秋田興一郎



短歌書くこころ弱りの五七五ためいきの緒の七七曳くな  榊原敦子



ラーメン屋のおやじの役者本日は鑑識班で指揮を取るなり  岡田経子



南南東は今年の恵方倒産のコンビニ、赤字の病院も在る  知久安次



歌舞伎座の舞台に降りし雪ひらは筋書きにひそみ今も息づく  寺島弘



朝、雨にめざめて思ふ<武田方兵三万>へ挑むこころを  春畑茜



ゲーム機の中に降る雪積もらぬがその夜は釣れるシーラカンスが  青柳守音



ボディーソープの泡うつくしく掌のなかに今し生れゆく白鳥のはね  相川真佐子



頰杖をつけば視線も傾きておもはぬ隈のものが眼に入(い)る  蒔田さくら子
 


                                                   (2007.1.18.記)