危うさのシンボルとして夕暮れのアルタ・ビジョンは点滅したり  藤原龍一郎



水紋の生(あ)れては消ゆる夕ごころ春いち日を臥すにも倦みて  春畑茜



ミシシッピーアカミミガメはミドリガメ 泣くわたくしにテレビは言ひぬ  多田零



くもり硝子拭えど明日は見えませんぽあーんと桃の花咲くが見ゆ  北帆桃子



猫が猫を舐めやることの何といふやさしさぞ舌はひとひらの肉  酒井佑子



午睡より覚めたるあとの黄昏はしづけく重く泥のごとしも  水島和夫



春を待つ山のけものを思ひけり果実の種子のごとき眠りを  倉益敬



ゆびとゆびのあはひのかすかな蹼でうそをつきながらおよいでゆける  山下冨士穂



姑のベッドのための空間を作り出すまで物捨て続く  林悠子



薄情な匂いするなりたなごころ窪ませ受くる水石鹸は  阿部久美



干し竿を売りくる男の声のみの住宅街の真昼しづけき  小川潤治



モノクロの映画に人が死にてのち雨さやさやと降りやまずけり  西粼みどり



桃色の抗生物質服(の)む人のまなこうつすら仏陀のごとし  明石雅子



病む人の平安祈(ね)ぐとブッダガヤに求めし念珠在れど人亡し  蒔田さくら子



大ぶりのおはぎは母の掌に気性そのまま握られたりし  松崎圭子



釘をもて天狗の面を打ちつけし父のこころをわれはわからず  永井淑子



靴下の片方のみを失くし来て叱られてゐる俺は男ぞ  古屋士朗



よくわらふ女を妻とせし幸はかがやく如しドラマの中に  小池光



照明のくらみてはまたあかるみてくるカフェに読むヘルダーリンを  宮田長洋



ひらがなで書かれたる箇所ひとつあり生原稿で読めば「赤しやつ」  梨田鏡



無人島に持ちゆくならば単四電池数百本とシャープの電子辞書  山寺修象



わが母校つぶして去りし県知事が増毛らしき髪型に笑む  寺島弘




                                                   (2007.1.11.記)