とりあへずひとつこなして日常をほどけば釣りあふわが弥次郎兵衛  水原茜



人の為すことは偽り 春たけて人さはにみつ蘭の花展  松野欣幸



家なかに四月一日ひとりゐて嘘ひとつつけぬ愚か者なり  村田耕司



古き地図にメリヤス工場と記されて河畔のホームセンター栄ゆる  梅田由紀子



東京の片隅に居て東京へ行つて来たなど片隅で言ふ  菊地威郎



唐突に猫をまるめてぎゅうと抱きさしせまる事態をすりぬけんとす  朝生風子



瞬きを千回しても現実は変わらず 涙を誤魔化せるだけ  里川憐菜



ワニ園のワニは瞑想つづけゐて枯木に変はる術覚えたり  岩橋佳子



杭にいる翡翠(かわせみ)小首かしげたり疑問をいだく少女のごとく  渡辺信昭



優劣が形を成さば必ずや嫉妬生(あ)るべきことをかなしむ  田村よしてる



無題とふ黒地に赤の抽象画イラクの人の苦悩を思ふ  眞方寅紱



ともに逝くさだめと知らず兄の身を蝕み尽くす癌細胞あはれ  荘司竹彦



無人市に菜ばな買うときドラマめき撮らるる主婦になりたるここち  滝川美智子



埒もなき電話をきりてきしきしと緑に巻けるキャベツをはがす  渋谷知子



宮柊二教室に通ひし日も杳かその温顔がときをりに顕つ  新井禮



教師小池光を送る会ありぬいまだも清きおとこのなみだ  野村裕心


 

                                                   (2007.1.10.記)