「お母さん」母に呼ばれて振り向けば照れくさそうに笑う母あり  立花鏡子



こんなふうに聞くと良かつた母の愚痴シンクの水滴吸ひゆく布巾  上杉諒子



現在(いま)のわれと同じ空気を吸いたまえ 古きクッキーの缶開く四月  蜂須賀裕子



殺されたニュースの数だけ減っているはずの子供が群れて通るよ  幕田直美



子供とは悲しき玩具ヤンママの坊やは茶髪にパーマかけられ  忍鳥ピアフ



はしやぎゐし子供ねむればゼラチンの固まりてゆくやうなしづけさ  柴田朋子



漏刻にながるるみづのうつろひに猫をはなるる路地のひだまり  みの虫



春菊の根元の土を洗ふとき指にやさしく温みゆく水  近藤かすみ



上京者われ思ふなり東京の居酒屋の椅子の小さなること  竹浦道子



沈丁のかをり濃きこと強がりのわがさびしさに似てゐてかなし  中島敦子



村落に刑場ありし謂ある大刀洗とうバス停さぶし  関根雅子



こんなこと誰でも思うことなんだイラクを詠むは戦うに似る  森谷彰



アパートは容れものなれば家電品揃えるのみに二日かかりぬ  関浩子



行間に何の匂ふやきみの読む地デジ対応テレビの取説(とりせつ)  大越泉



ベランダに集まる雀 痒そうな眼をしているから親しみもわく  森直幹



 

                                                   (2007.1.9.記)