狂ひたる壁掛け時計はいつみても全き自由のなかに動ける  梶崎恭子



エレベーターのボタンを押せばつかの間を爪のひとつにくれなゐ点る  辻田洋美



服脱ぎてそのまま置けばそのままにくにゃりと拉げわが過去になる  菊地威郎



振り返ることはもうよし雨衝きて生きてゆく菜など買ひにゆく  尾本直子(旧 河内尚)



もし吾が男だったら一本のビールのごときおんなを求む  山本照子



「でこぽん」のぽんのあたりを指でつまみビタミンCを鼻先で嗅ぐ  石高久子



公園のベンチに幼はことことと言葉おくごと石ならべをり  竹内タカミ



幼子であるために嚙みつづけたる黄色帽子のゴムひもの酸味(すみ)  河村奈美江



はしきやし母音のどけき大阪弁保育士子らに声かけてをり  梅田由紀子



またの名を「ベツレヘムの星」と知りてより好みし花となりし花韮  三島麻亜子



もっと酒との声のかからぬ同窓会統べつつしみじみ侘しかりけり  松岡建造



はなどきの黄沙微塵を敷島の大和心が霞と紛ふ  吉田宏道



人物は画の左はしに佇みて後姿である春の夕暮れ  森俊幸



順順に毛を刈りとらるる仔羊の眼もて人らは診察を待つ  関口博美



ほの明るくたまご冷蔵庫にならびゐるわれの日常かはらずにあれ  佐久間巴



つぶやきの中にまことの声あると患者のベッドを巡りて拾ふ  犬伏峰子



生きてない他殺ではない境目を一枚の紙は病死と記す  鎌田章子



冷めてゆくチェリーセージの赤き湯がテーブルに落とす影のうつろい  染谷美沙子



            

                                                    (2006.12.27.記)