日ごと夜ごと殺人つづく列島のパンティ泥棒われを笑ましむ  大橋弘



それとなく秘密めきたる今日の空でんぐり返しでぐいと近づく  佐藤慶



出勤の前のテレビに我が見しはボクシングにて飛び散れる汗  梶倶認



高く手をあげて歩道を渡るとき水子地蔵ら後につきくる  鈴木律子



廠の字を厂に略せし意気込みの今ぞ気を吐く経済指標  本多稜



調味料のキャップは赤き色にして卓上にあり雪降るときも  室井忠雄



人知れず深夜の街のマネキンは秋の補色を哀しみゐたり  倉益敬



タクシーは客待ちをしてをりしかば四つのタイヤまろきゆふぐれ  小池光



ある苦(・)をある喜(・)に変へるべしとふ難題にけふも挑めるミズノの尾田さん  大森益雄



土鳩啼き鵯鳴けりときどきに時計の刻む音を消しつつ  渡英子



ドライアイに差す目薬にかすかなる雪の匂ひを嗅ぐ秋の朝  金沢早苗



となり家の媼がもどりいるらしき「のど自慢」の鐘こぼれ聞こゆる  村山千栄子



ふせておくコップの中に溜りいる昨夜からの空気無色透明  宮粼郁子



怺(こら)えるという切なさの日常に芋をふっくら蒸(ふか)しあげたり  野地千鶴



陽のなかにつくつくぼふし鳴く午後の未だ死を知らぬ声がひびけり  春畑茜



薪能はじまる母は俺よりも近き炎を顔に映して  八木博信



手袋をしない夏の掌さびしくて街の汚れを拾ひて帰る  古川アヤ子



相手打者を三者凡退で打ち取つてマウンドを降りるやうな夕焼け  真木勉



商店街の客を押し分けALSOKの車行くなり車は必死  今井千草



種を遺す寂しき行為の後朝に海鞘毟りゐる妻の左手  西王燦



わが家のファックス動かしはじめたる午前三時の蒔田さくら子  中地俊夫