明王朝太祖陵墓にあさまだきバドミントンを楽しむ夫婦  本多稜



県北はすずなりの柿一両のワンマン電車が秋を引きずる  山下冨士穂



温泉の効能書きを丹念に読みゆるゆると老人(おいびと)は脱ぐ  渡英子



フィトンチッドのちつともあらぬ行列に並びぬみどりの窓口遠し  吉岡生夫



下駄箱に並ぶ上ばき 小さき足みなここに来てここにいるらし  早川志織



やはらかに大豆煮えたり鍋のなか核爆弾はこのくらゐある  神代勝敏



哀しみというにあらねど注射液もれたる痣と湯にひたりいつ  相川真佐子



雨の日は歌ができるといふ人の雨男なり雨女なり  永田吉



亡き人の夢から醒めてしばらくを異界の朝の畳にすわる  岩下静香



「離れ猿出没注意」の回覧板来るより先にその姿あり  林悠子



ネガあらぬ古き写真を複製し分かちあひけりその若き父母を  永井淑子



蛇苺姫苺とぞよびかはし娘と日おもてにはしやぐときの間  佐々木通代



枯れ草を焼きゐる人は朝の田に色やはらかき煙を放つ  藤本喜久恵



やまひづかされて死にたる少女あり 日本さむざむ秋に入りゆく  (やまひづか=いじめ)  明石雅子



美しい国を目指して行き着けるところおそらく美国(メイグオ)と同じ  生沼義朗



ここは秋の行き止まりなりはらはらと黄金(きん)の銀杏が結界を張る  武下奈々子



差し交わす枝先ほそく積む雪の初雪にして撓うことなし  平野久美子



あきの夜のラジオを洩れるひとのこゑモスクワ曇ベルリンは雨  高田流子



どの家も玄関わきに洞(ほら)のごと車庫ある景はうつくしからず  蒔田さくら子



どうしても好きになれないスポーツの女子レスリング就中浜口  小池光



ちちははの病知らされゐたりけり破調の雨は窓を叩きぬ  宇田川寛之



果樹園に防霜扇(ぼうさうファン)の影伸びてをりふしまはる秋の時間を  春畑茜



無名作家でをはりし叔父の小説に『小盗市場の殺人』ありしをおもふ  長谷川莞爾



網膜の裂け目にふとも入り来たる蝶ありわれの暗がりに落つ  松村洋子



華甲すぎやうやくに知る文芸の蜜の粘度と低温火傷  大森浄子



「悪人」なる新聞連載小説の挿絵のみ見て読むことのなし  石澤豊子



金魚鉢丸きは金魚の視界ゆがむと禁止条例ある外(と)つ国に  池田裕美子



     ゆふやけのみちうつくしく、
長葱をいつぽん差して定まれるふくろのかたち提げゆきにける  川本浩美



散会の後に本音が語られし満月あわくかかる日の暮れ  藤澤正子



日の丸に諍いし日の父母(ちちはは)をおもえばはるか民話のごとし  木曽陽子



のぞかむと身を乗り出せばおのづから境界といふは臍のあたりか  西村美佐子



病院の廊下に真白きマスク落ち人ら除け行きわれも除けゆく  知久安次



鯉のエサ百円なるを売りさばき管理人は鯉に餌をやらざり  室井忠雄



今日ひと日誰とも話さず終る夜無言の電話かかりきたりぬ  宮粼郁子



下の名は不変のわたし裏表紙開けたところに押す蔵書印  武藤ゆかり



白黒の画面の中に笑いあう俳優たちの生死を思う  川島眸



いのち絶ちし高野悦子のしずけさにアームストロング船長月面を踏む  柏木進二



手に触るといふはすなはち手より放すまへのおこなひなればさみしも  花笠海月



小気味よき時間泥棒をさなごの乳歯みがきてけふも終はりぬ  管野友紀



玄関の三和土は愚痴もこぼさずに脱ぐ靴をみな受け容れてゐる  新谷統



力もてみづからの苦をふり払ふやうに女は話題を変へつ  関谷啓



亡き父の鉈の柄の癖になじみおり枝打ちおれば知らず知らずに  石川良一



幾万の言葉を聞いてきた耳につつまれやすき補聴器がある  八木博信



小池光の老眼鏡に膨める鉄火巻あはれ我孫子の座敷  木崎洋子



あげ足を取られぬように終り迄きっちり言いてさむき唇  野地千鶴



きつぱりとした物言ひで批評する栗木京子はうつくしきかな  大橋弘



ああ今日は土曜日だったかラジオから斉藤斎藤の声流れ来る  橘圀臣



ブックオフその一隅に詩歌集の死体置場(モルグ)ありたり望みを棄てよ!  藤原龍一郎