ボリュームを一音一音上げていく足りない足りないなんか足りない  丸井まき



受胎せるからだの温み武蔵野は雪なき冬を諸手で抱く  河村奈美江



靴を踏み鳴らして過ぎるあれはこの都市の暗部だ見てはならない  花森こま



綾取りの橋渡し合ふひとなくて卓に置きたる橋の泣きべそ  青木みよ



ナイフにて切り取る闇の一切れと思う羊羹飲みくだす時  立原みどり



水たまり避けつつ歩く次々に友の懐胎してゆく皐月  江國凛



針金を曲げて捻ぢつて文字となす筆記用具を持たざる夢に  斎藤寛



ぬつぺふほふぬつぺふほふと顕はれて百鬼夜行の吾に入(い)る夜  勺禰子



地下駅へコントラバスに抱かれて頬美しき青年くだる  ささたえこ



法要後朱色の椀にもられたる素うどんをわれら貴くたべる  成田さだこ



人材は紙一枚にて派遣され掃除機に従き廊下をうごく  松岡建造



掌(て)の中にためたる水にうつむくはわがかほにしてすでに濡れゐる  川井怜子