警官を弾は貫くわけもわからずにわれらは生き残るのみ  八木博信



何になる、こんな時代にキルケゴール読んで蹴飛ばす石もなくゆく  宮田長洋



砲弾のごとき鞄を抱きしめて急ぐ男を雨が包みぬ  倉益敬



上るとき一歩に一歩下るとき一歩一歩と戻れば夕暮  長谷川富市



近道はあれど君より教えられしこの道をゆく次の駅まで  宮粼郁子



ぐるぐるに描きて林檎と言ふ二歳わがぐるぐるは胸ぬちにあり  檜垣宏子



ご近所に馴染まむとして来しはずがかたきのごとく草を抜くのみ  管野友紀



地下鉄の闇の迷路を偏愛しわが背後つねに鴉の群れ  藤原龍一郎



満州浪人の語に隠微なるひびきあり父がもつ二年の空白の過去  長谷川莞爾



「価値」といふかく怖ろしきことはりを教へてさびし子との将棋に  菊池孝彦



六月の風はフルート戦争を知らぬ子供が怖くてならぬ  明石雅子



国家とふ熟語に国と家ありぬ家ほろぶとき国も滅ぶか  春畑茜



残酷なニュースを読める女子アナの耳に揺れてるひすいのリング  岡田経子



ZARD聞き澄ませば俺も転落の揺れる思いの階(きざはし)にいる  八木博信



くぐもりし声の増えいるようなれど階段下に歌集つみおく  水谷澄子



声の限りに人を呼びたる記憶なく声の限りというを知らざり  平野久美子



百均をひとまはりすれど霜降(しもふり)の鳥打帽子とか無かりけり  小池光



尾道の路地を曲がれば現れるさびしんぼうの吾が母の顔  永田吉



越前の老いの言葉の「つむぎ」とは紬にあらず鶫なるべし  西王燦



何もなき廊下であるが常夜灯点るあたりに影は生まれぬ  高野裕子



朝近き壁のむかうにありありと垂直に落つるみづの音する  吉浦玲子