荒梅雨や街は汚れてゆくばかり新聞記事にならぬ事件で  村田馨



うぐひすの谷わたり澄む五月尽 午睡の母の補聴器を拭く  紺野裕子



春の海を乱して漢(をとこ)が釣りあげしこれやこの魚(うを)さくら色して  池田弓子



親指の爪で切れ味確かめて通学路刈る鎌を研ぎたる  田所弘



勾配のゆるく登れる道すぢにかなしきまでに棚田は続く  山中重子



日の暮れの水辺に座りわが内に果てなく沈むものを見ている  守谷茂泰



筋腫持つ子宮の熱きに触れるとき女の強さ逞しさ知る  高山路爛



やはらかに水脈を重ねて鴨の子ら親鳥の曳く水脈の内ゆく  下村由美子



三ケ月ぶりに漕ぎたる自転車のチェーンはやはり苦笑いする  滝田恵水



歯科医院の棚にやはらかく明るみて置かれてあらむわれの歯形は  矢野千恵子