仏蘭西の食材図鑑の野兎は魚のごとく眼をあけたまま  松野欣幸



「生き方は自分で決めるものなのよ」って塗り絵の好きなアンタに言われたくない  西尾睦恵



補聴器をつけて話せる母の声やさしくなりて夏は来にけり  柊明日香



緑濃き風が入り来る床の間の夏が好きだった祖母が好きだった  畑中郁子



笑まずとも微笑むごとき顔となる齢正しく重ね来しかも  竹川富佐子



エイの口とつぜんぱかりひらきたり 唇(くち)にはじまる笑みのおそろし  花鳥佰



時の鐘朝勤の声もうるさしと匿名の手紙とどくこの夏  岡頌子



青闇にひかりの錨(べう)の垂るるころ海石(いくり)のごとき眠りに落ちぬ  洞口千恵



渋谷駅にて待つ男のケータイと待たれる女のケータイが逢う  生野檀