背泳は旅人のごとせつなくて天井の染み指さしゆけり  佐藤あきら子



人形のごとく立ちをり菓子箱の積まるる売場にジェンキンス氏は  小出千歳



一通のメール欲りつつ夜の更けを団十郎の目ん玉を観つ  弘井文子



迷うことまだ知らざりし少年は柔らかき髪風に揺らせり  堀口澄子



「原爆展」火傷の皮膚をぶら下げる下手な絵ほど迫力ありき  藤倉和明



候補者の若尾文子のたたかいはなにがなんでも日に焼けぬこと  藤原美絵



人力の偉大さを以て晴の日の海王丸の帆は張られたり  斎藤寛



赤とんぼまさしく橋を渡りけりぼくら濡れ鼠で還って来たが  松岡壱八



うたたねの老の口元あどけなし一歯だになきまあるきみ口  松岡建造