【70周年記念特別号「文学の一節に魅かれて」3首】





簾内敬司 「影踏み」
                 伊波虎英



残照を容れてまばゆき窪に立つをとこの影の焦(こが)るる海彼
   

冷えきつた薄き蒲団にすつぽりと震へる影をしまひて眠る     


咲き誇る色とりどりの花ばなの影したたらむ「涙ぐむ目(Tearful eye)」に



               ☆



その時、田口が言ったのだ。「影踏みに行ける奴はいるか」と。(中
略)田口が李さんに五、六メートルの距離にまで近付いたあたりで、
僕らには李さんの影の頭の部分に接するのが見えた。李さんが少し
微笑を浮かべた。田口がその時、右足で李さんの影の先端を、そこ
に蛙か虫でもいて踏み潰すかのように力を込めて踏みつけた。李さ
んの微笑が歪んだように思えた。その瞬間、田口は力の限り走って
逃げて来た。僕らも「ワアッ」という訳のわからない声を発して、
いっせいに走った。逃げながら振り返ると、李さんはいつまでも黙っ
て立ち尽くしていた。まるで実際に横たわっていた躰を踏みつけら
れた痛みを怺えているのかのように……。
   <連作小説『千年の夜』(影書房 1989)所収「影踏み」より。>