花咲けば花のにほひの呪文めき髪につきたる一片恐ろし  楠田よはんな



この子にもこの子の声があることを小さな手足よりも畏れる  猪幸絵



春雨に光は途方に暮れてゐて無色の虹のかかりてをらむ  平居久仁子



社長われを社員が「若尾さん」と呼ぶそんな会社を興したき春  若尾美智子



味気なき鋏使ひに切られたる短かき髪の母を愛しむ  竹浦道子



鬼千匹こころに住めばさりさりと噛むたくあんの快きかな  伊藤冨美代



     バレンタインデー
仏壇にチョコを置かれるまでに父死に続けて来年七回忌  生野檀



変若(をち)水のしたたる月夜悲の種子のごとく光らす三月の爪  洞口千恵



恋水をなみだと訓みしいにしへびと思ひて春の目薬をさす  洞口千恵



ふきのとう芽吹く日来れば思うべし空の高みのしずけきまなこ  守谷茂泰



北朝鮮のアナウンサーに抑揚の似てF1のエンジンの音  松木



疲れたるおばさんひとりぬばたまの夜の車窓にわたしが映る  会田美奈子



後輩に正しき事を言う時の異常な程の指の冷たさ  滝田恵水
             

                                                         (2009.6.2.記)