◆「歌も夏枯れ」大森益雄
ひぐらしの百の絶唱その中にわれの弱音も一つまじれり
見舞ふたび母世に在るを実感す笑みて言ひ合ふ早口ことば
<23区全図>の折り目に穴あけば靖国神社の<国>破れたり
十一面観音十一それぞれのやはらかき闇におもてを向けよ



◆「茅の輪」吉岡生夫
ハンカチでふく顔あらわれ全身があらわれ坂の多い町です
足が消えパラソルのこりパラソルも見えなくなったオランダ坂
頭からあらわれる人はんたいに足から消えてゆく坂 神戸



◆「夏の縁(へり)」岩下静香
夏つばめプールの水をその腹に青く映してすれすれに飛ぶ
肉厚のジョッキに満つる黄金に麦なりし日の風が騒げり
葉の数の雀が集う一樹あり夕暮れだけは饒舌になる



◆「ふるさとの歌そして山の歌」松永博之
内翅をしまいそこねしカナブンは緑金の甲ふたたびひらく
はりつきしわが影立たせ叱咤激励森林限界いまし越えゆく
孤高なる入道雲は大空に盛りあがり行くひとり歩めば



◆「はんぺん男」和嶋忠治
ふろしきを使はむとしてかむりたき衝動に駆らるるいまだに分らぬ
秋宵の壺にこぶしを挿しにつつうすぼんやりと雨を聴きゐつ
人毛筆使ひをりけり有るか無き泣きこゑ聞こゆる筆の付け根ゆ



◆「光の街」守谷茂泰
万華鏡のぞきこむ時ひんやりと指先にある闇の重たさ
閉ざされたホテルに残る旗の列ひと夏風の栖でありぬ
変わる人遠去かる人思う日のまなこに燃え残る百日紅



◆「遠景近景」宇田川寛之
実家とふやはき響きよバスに乗り子とふたりなる短き旅路
死は前から我が物顔に来るものと父は弱音のごとく言ひにき
逢はざりし杉崎恒夫とささやかに関はり合へる歳月まぶし