■
目高死にて悲しと人の言ひにけり悲しみは表面張力を越ゆ 酒井佑子
みすずかる秋の信濃は空をゆく雲のふちまでまさびしくあり 大谷雅彦
スプーンのつめたき光に夕食を食いおわりたり母と二人で 室井忠雄
子を叱りきみを叱りてまだ足りず鰯の頭とん、と落とせり 鶴田伊津
子三たり寝かしつけたるわが妻のエンマコオロギみたいないびき 本多稜
灯はほそく漏れて浦島珠算塾珠(たま)鳴るおとはひびき来るなし 川本浩美
猛暑日の墓石の文字はその文字のなかにくろぐろ影を溜めおり 岩下静香
かなしみを遣らはむとして庭に出て引き抜く草にみどりはふかし 小池光
パトカーが道をあやまり引き返すただ白黒の車となりて 八木博信
絵踏てふことばを思ひあなうらの翳りを思ひ橋を渡りぬ 春畑茜
真夜中のノートを埋めるペン先にふとコオロギの鼓動が届く 守谷茂泰
風に乗る鳥がいつしか入れ替はり光の秋はまづ水に降る 武下奈々子