目高死にて悲しと人の言ひにけり悲しみは表面張力を越ゆ  酒井佑子



みすずかる秋の信濃は空をゆく雲のふちまでまさびしくあり  大谷雅彦



スプーンのつめたき光に夕食を食いおわりたり母と二人で  室井忠雄



子を叱りきみを叱りてまだ足りず鰯の頭とん、と落とせり  鶴田伊津



子三たり寝かしつけたるわが妻のエンマコオロギみたいないびき  本多稜



灯はほそく漏れて浦島珠算塾珠(たま)鳴るおとはひびき来るなし  川本浩美



猛暑日の墓石の文字はその文字のなかにくろぐろ影を溜めおり  岩下静香



かなしみを遣らはむとして庭に出て引き抜く草にみどりはふかし  小池光



パトカーが道をあやまり引き返すただ白黒の車となりて  八木博信



絵踏てふことばを思ひあなうらの翳りを思ひ橋を渡りぬ  春畑茜



真夜中のノートを埋めるペン先にふとコオロギの鼓動が届く  守谷茂泰



風に乗る鳥がいつしか入れ替はり光の秋はまづ水に降る  武下奈々子



印象派展に家族の絵は在りて誰も孤立の視線を投げる  藤原龍一郎