三匹目の兎に乗ればこの先の十二年間はおそらく速い  生沼義朗



昼の月見つけたる子のよろこびに目線合わせるためにしやがみぬ  鶴田伊津



青空を南南西より引き寄せる握りこぶしのやうな雪山  倉益敬



かなしむやうにふる雨の秋 東京のひとはスカイツリーの話ばかりす  橘夏生



水嶋ヒロよりあはれはふかく永遠の椎名桜子「処女作執筆中」  橘夏生



ウインドウそこに残れば廃業ののちも季節の飾り絶やさず  林悠子



宝籤あたらぬ無事をよろこぶといふにあらねど一息つきぬ  中地俊夫



解き放つ弓矢のごとく走り出す競走馬という美しきもの  橘圀臣



煙草の火借りて煙草を吸うという行為ほろびき電車待つ駅  藤原龍一郎



亡き人にあらねど老いに侵されて健やけき日の友喪ひぬ  蒔田さくら子



ハンカチの角にしっかりアイロンを当てて重ねて冬の日は過ぐ  平野久美子



雪見窓そっと開きてひと晩で去年の雪となる雪を見る  岩下静香



麺打ちの腕あげるなら食う人をまず見つけよと講師われ言う  室井忠雄



果てを吹く風聴くごとき貌をして煙草ふかせり男なるもの  森澤真理



ちくわぶを大人になるまで食はざりし人と暮らせる歳月あはし  宇田川寛之



掃除機のコードひつぱり出す途中にて空しくなりぬああ生きてなにせむ  小池光



正座して鏡のまへにをりしきみこゑをかければふりむくものを  小池光



覆ふ布ふかくかけたる鏡台は覆ひ布の裏地をただ写すのみ  小池光