鏡中にゐて美容院のながき時間いづこか遠き壁夕焼けす  酒井佑子



あたためたミルクのようなあやうさだ誰かひとりを愛するなんて  鶴田伊津



自治会を退会します」一枚の紙差し出して去りし人あり  林悠子



新しき眼(まなこ)に写る妻の顔くっきり見えて面白くもなし  諏訪部仁



この部屋の畳はすこし色褪せて子の成長はいづみのごとし  宇田川寛之



水仙の香りに瞬時たちのぼる「美しい国」なる戯言(たわごと)が  藤原龍一郎



ウォーキングしてゐる夫婦ふたりづれオイ梅ガ咲イタナ、とか言ひて  小池光



ふるさとの老いたる父母を例外とせずふるさとに雪降りしきる  長谷川富市



雪晴れの遠くの湾を照らしけりてのひらに乗るほどの陽だまり  守谷茂泰



母を乗せ車椅子押すわれもまた車椅子に寄りかかりつつ  山本栄子



罰せられ蛇になりたしおごそかに鳥の卵をつぎつぎに呑む  八木博信



長きながきスカイツリーの影にある数多の冬の窓をおもへり  佐々木通代



合格を告げに来し子の未来にはわれは居らずもうれしかりけり  斎藤典子