那智滝の朝の響きの頭に入りてひと日を垂るる梅雨のをはりに  大谷雅彦



蒲公英の綿毛は夜も飛びゆくや眠りに入らむとするとき思ふ  原田千万



たたみたる四枚の翅ひらくとき黒やんまの尻ややも上がりぬ  杉山春代



紙コップの糸電話から聞こえくる秘密のはなしはわれだけのもの  高澤志帆



信心ごころ持たざるわれが朝々にコップの水替へらふそくともす  小池光



楽しくない人がどこまでもついてくる三次会終えし深夜の巷  西勝洋一



エンディング・ロールのごとく長き廊歩み続けてひびく靴音  藤原龍一郎



わが娘の駄洒落のひとつ「短歌人」は古稀のぢいさんを扱き使ふのか  中地俊夫



歳月はすさまじきかな教え子がおじんおばんとなりて現わる  諏訪部仁



まつわりて蝶の番いが舞うごとく金とプラチナ競り合う相場  小松重盛



こまごまと押入などを片付けてとつじょ怒れる母ありき 夏  木曽陽子



池の鯉に餌やりながらだから日本はだめなんだと言ったことがまだない  柏木進二



ひんやりと細きわが影石段を下りつつ尚ほそくなりゆく  平野久美子



追分に吹きしきる風かまつかの燃えあがる火をいづこに運ぶ  渡英子



反抗期一歩手前と思はるる吾子の写真を職場に飾る  宇田川寛之



「アマン」といふ店ありしこと風のごと入(い)るには扉重かりしこと  蒔田さくら子


                                                             (2012.1.24.記)