ああ、なつて仕舞うた  伊波虎英


洗面台の蛇口ひねればなまぬるきねぼけた水がでてくる朝(あした)


しやばしやばと洗へばやうやくモンタージュ写真のやうな顔でなくなる


雪安居、夏安居いく度もくりかへし大僧正となりて蟬鳴く


ロト6の選択数字になき数(かず)のああ四十四(しじふし)になつて仕舞うた    


ひとつ歳取りしわれには明くる日に六十七となる母がをり


組み立てた盆提灯をともしたり 原発一号機二号機にあらず


原罪の苦み甘みと後に知るはじめて口にふふみしコーラ


人類の愚行に吼ゆるマウンテンゴリラのごとき黒き雷雲


ぼろ傘の心棒つたふ雨は柄におよび遂にはわが手を濡らす


泣いてゐる。傘が、と思(も)へば哀しみが伝播しさうで手を拭ひたり


雨雲のやうに人ゐる病院の待合室にわれも加はる


その体(たい)に小さき鳥を憩はせる河馬になりたし待ちくたびるれば


磨りガラス越しに強まる雨中より来て人は濡る待合室に


ありふれた症状ならむしかすがに女医は明かりの灯る目できく


知らぬまに眼鏡のレンズ汚れゐつお茶目な天使のおゆびが触れて


雨雲はゐすわりつづく喪の服のをみなをとこを降らしめてなほ


夏負けをせぬよう苦きゴーヤーと豚を炒めてビタミンを摂る


〈生命のアミン〉すなはちビタミンの命名者なるカシミール・フンク


苦瓜を食めばはつかに思ほゆる鈴木梅太郎森林太郎


鷗外が関西人なら「阿呆臭」と言ひて死にけむ「ああ、あほくさ」と  


大笑ひの拍子に外れたる義歯で窒息死するは幸ひならむ


昨日よりいちにち旧き歯にしみる冷奴ひややッ恋でもせむか


少年のわれに恋してゐたはずの少女に似たる満島ひかり


火葬場の煙を見むと川沿ひを歩いたわれのスタンド・バイ・ミー


体重と体脂肪率阪神の負けをしるして日記を閉ぢつ


いつ来るかわからぬ僧を待ちゐたり節電なれど部屋を冷やして


わが頰を初めに撫でしそよ風は若かりし母の安心の息


盂蘭盆の読経のこゑの低きまま父の寝言のよみがへり来ぬ


風鈴のガラスのごとき魂を疼(ひびら)かせつつ鳴くひぐらし


イチローの不振伝はる日本をうつうつたるも四季はうつろふ




       ☆    ☆    ☆




第57回短歌人 (「短歌人」2012年1月号にて発表) 
   ・受賞 : 近藤かすみ「真幸くあれな」
   ・佳作 : 西橋美保「鬼の道」



   僕の応募作は、54編から最終候補の8編に残り、さらに5編に絞られた中にも残る。


    【選考の過程で出された意見の一端】
     「ロト6の選択数字になき数(かず)のああ四十四(しじふし)になつて仕舞うた」
     という歌からタイトルが付けられていて、ブッキッシュなところが特徴であり面白く読める。
     雅語と口語のバランスの良さが独自の文体をつくっていて構成にも工夫が見られるが、
     一連としては玉石混淆といった感じもあって惜しまれる。

                             
    【小池光さんの選評】
     伊波虎英さんの一連はこの作者らしいウイットが散らばっていて強く推す委員もいた。
     わたしもその一人である。