トラックが来て集めゆく空壜のよくひびくなり秋の路上に  木曽陽子



離れ住む子供らの名の書かれたる表札はこの台風に耐ふ  杉山春代



いちにんの看視員居りいちにんの鑑賞者われ静もりたもつ  小宮山有子



スリッパに白ソックスの女の足つつつとすすみ来昭和の玄関  大森浄子



抽斗の奥に動かぬ腕時計の針の上にも来ていたる秋  守谷茂泰



戦闘機空の港へ戻りゆき三沢(みさわ)に早き秋の夕暮れ  武藤ゆかり



ドックにて次の検査を待つ間(かん)の塚本邦雄暗唱十首  藤原龍一郎



牛乳の紙パックを上手く開けられぬのはわれが悪いのか紙パックが悪いのか  中地俊夫



詠みさしの歌ありおもひに添ふことばさぐりて探しあぐねて今も  蒔田さくら子



四丁目小公園の看板に世間の目といふことばありたり  神代勝敏



蝿捕草のやうな睫毛を湿らせてレディ・ガガが蕎麦の立ち食ひ  西王燦



午後八時父は独りで泳ぐのかゴミ焼却の余熱プールで  八木博信



キンモクセイ匂う午後なり死者ひとりひとり想いて呆たりわれは  古本史子



待つひとのいるにあらぬも花束をかかえて帰る夕暮れぞよし  佐藤慶



秋の雲夏の雲とぞ行き合ひて空はうつつにあらぬとほさか  菊池孝彦



家ぢゆうの電球をLEDに替へるまでできれば生きてゐたいと思ふ  真木勉



万物が地軸に向かう中秋の火入れのけむり立つ登り窯  梶田ひな子



夕暮れに汗にまみれて帰り来しわれの野良着を妻は剥ぎとる  石川良一



ブランコの下に溜まれる水ありて映りたるのはブランコと空  梶倶認



どこまでも道化でゐたい自転車のサンチョ・パンサの夫を連れて  橘夏生



そのかみにブラシで頭叩きたる杉浦直樹の訃報を聞きぬ  大橋弘



眠り猫からだより湧く体熱をかけがへのなきものに思へり  小池光



あまりある時間のひと日志ん朝の落語を聴きてひとり笑へり  斎藤典子



百年の暮らしのなかの次郎柿祖父母も父母も見て仰ぎたり  川田由布


                                                             (2012.2.6.記)