バファローの暴走のごと走りきて人間地球に七十億人  松永博之



湯浴みさへ叶ふのならば草原のノマドになりたし大き夕焼け  庭野摩里



奥村晃作をすこし上手くして平凡にしたやうな歌をつくる歌人あり  山寺修象



もどるなき夏のゆうべの風想い朽ち果ててゆく扇のあらん  北村望



すこやかな日には毎日洗濯機回しをりけるきみをおもへり  小池光



かすかなる気配は檻に満ちており鶏(にわとり)しばし鳴かずにおれば  関谷啓



子の傘の水色きみの傘の紺 色なき雨を色づかせゆく  鶴田伊津



母子像のように眠れば輝かん風俗ビルの保育ルームも  八木博信



生き死にが寄せてはかへす水ぎはにうらがへされし海星ありたり  原田千万



根性はあると思へぬコスモスが鋪石の間にながく咲きをり  寺島弘



ふかぶかと山に囲まれ筒抜けに開きし空に吸い込まれゆく  畑山久美



木の根方に生ごみ埋めて踏みかたむ姑のものなるゴム長靴に  染宮千鶴子



いつまでも前に立つなと湯上がりの裸体を写す鏡が怒る  おのでらゆき



ああ見てはいけないものだ卵黄の上にぽつりと血は滲みたり  森澤真理



手の爪を二度剪るほどの月日なりむすめの結納より結婚式まで  真木勉



未だ在るアナログ画面に見入る父母見届けてわれは出勤をする  管野友紀



マンションのベランダに咲く花として衛星放送受信アンテナ  倉益敬



山崎のパンを蔑して買ふことをせずになりしは何時よりならん  中地俊夫



冬の夜のわれを慰め来たるらしピンポンダッシュで逃げ行く誰か  高野裕子



うっぷんを封じ込めるによき穴のぽっかりと開く大根抜けば  古本史子