(3/8記)

歩を休め紅葉の音をひろひたり熊除け鈴が腰にさわげば  庭野摩里



軒下にたたずみながら見上げおり雨というこのささやかな檻  内山晶太



雨しろく白くはげしく窓に降るすこぶる晴れし昨日を消して  春畑茜



ゆれやすき身をゆらしつつひたのぼるけぶりは天を恋ひてをるらむ
けふもけふがをはつてしまふけふもけふのわたしをはらせねむりに落ちる  花笠海月



霜月の聖母を思ふ子宮にて指吸ふイエスほほゑみたるや  山科真白



街路樹はまだ夏衣あさ風を胸ふかく吸ひ君へ漕ぎ出す  佐々木通代



すれちがひざまにななめに傾ぐなり黒き日傘の尖りとほのく  高澤志帆



ひとりぶん伏せて置かれたお茶碗がちいさいものを匿う夜だ  佐藤りえ



前列にひとりこちらにふたりいて愛憎のなき三角である  廣西昌也



ムスリムの寺院のモザイク花々は空白をおそれひしめくあはれ  西橋美保



上等なとらやの羊羹ひったりと頭を垂るるためとらやの羊羹  森澤真理



鳥の寄るただそれだけの沼として光りを溜めたつぶ沼のあり  立原唯



コウノトリは鳴かぬとしるす鳥図鑑飛翔の姿うつくしく載る  下村由美子



何を画くか何を画かぬかひとそれぞれ水木しげるは妖怪一途  水川桂子



薬ではない三角の錠剤は胴の真中の胃袋に落つ  齊藤和美



封筒に朝顔の種子おさめつつ生きて蒔く日を疑わずいる  菅ふみこ



やまざくらそめいよしのにさとざくら幹をたたきてよびかけてみる  小門則子



ガラス器を魂なども映るほど磨きてをりぬ長月五日  青柳泉