(3/9記)
雨が降る予感は腕を上げる時つけ根に宿るかすかな痛み 滝田智恵子
コスモスの花のあはひに見え隠れして子供らの白い帽子赤い帽子 矢野千恵子
街灯の下にだけ降る雨があり世界はうすく仕切られている 猪幸絵
秋晴れに洗濯物の美しく不肖の息子が親を看る家 みの虫
降る雨を聞きつつ坐せば雨だれの一粒落つるたび夜は白みゆく 清沢桂太郎
淋しくて淋しくてと泣き老伯母がそれではこれでと帰りてゆけり 竹浦道子
「粗大ゴミ置場」と鋲の打つてあるそのすぐ前で日々バスを待つ 生野檀
ふたつ耳ひたりと伏せて怒るさまをもつとも鋭き馬語と思ふ 洞口千恵
あゝわれらいつの日あへる妻と子とちひさきこゑにくらすおうちに 矢嶋博士
牛丼の店の隣は何店かと待ち侘びをればKOBAN建ちぬ 正藤義文
ミニチュアの仙人掌がすこし曲がりつつこの夏を越えた司書カウンター 矢野佳津
朝来れば朝の顔する独居の暮しのけじめコーヒーを飲む 岳秀峰
睡るとは冥途につづく迷道(まよいみち)死にたる人に逢うこと多し 下舘みえ子