(3/10記)

昨日見し風の縞目の濃淡が今朝さざんくわの垣に残れる  武下奈々子



バス停のそこのみポツンと明るくて 忘却とはかく忘れ去ること  川田由布



みぞれふる林のやうなさびしさが影連れながら畳を帰る  和嶋忠治



大根をみな抜き終えし山畑の土くろぐろと夕陽に匂う  石川良一



生物の呼気の湿度の閉塞に東の窓を開け放ちたり  鶴田伊津



昼前は朝より霞濃くなりて近くの山も淡きかたまり  梶倶認



にんげんのかたちを保ちてゐるわれのかなしくあれば雪ふりしきる  原田千万



伸びてくる木の芽草の芽陽だまりに「爪をつむ」とはよき言い回し  早川志織



食みこぼすその瞬間の驚きの表情は枝(え)の小鳥にもあり  大森益雄



腕時計つけ忘れたるいちにちのわが行動は和紙のしづけさ  宇田川寛之



もの言えばくちびる寒し雪しんしん母の惚けも野にさらしおり  卯城えみこ



米粒に絵をかく人が昔ゐしとおもへりネイルアートされつつ  榊原敦子



白猫になるまで眠る私の生命まるまる抱えてねむる  水谷澄子



潮騒の島に出合いし釣り人の皺やさしくば老いもまた良し  谷口龍人



ものを噛み、みづからの歯を壊しゆく地球ともいひ人間ともいひ  真木勉



青色青光黄色黄光赤色赤光白色白光ひたすら念ず阿弥陀経  二ノ宮房子



講堂へはなたれた陽のその重さ膝はうれしく受けとめている  青柳守音



四百首を越えれば歌集も嫌になりなれども読んで礼状を出す  西勝洋一



霜鳥」といふ相撲取り、あはれあはれ新潟訛りの語呂合はせめき  西王燦