艶やかに花米ひかり火ヌ神(ひぬかん)を青きガス火に呼び出してゐる
あかつちの窪みに光るみづ溜めて言葉置くやうに雨は過ぎたり      渡英子



樹のわたし身体に穴があるわたしもう人間を生まないわたし
ことばより声がかなしい朝窓に胸ふくらます雀来ていて    早川志織



春の芽の苦味を好む人といて面相筆で書く恋のうた  鶴田伊津



深更に灯り点せばあらはれて意味を探れとのたまふ南瓜  大橋弘



年間に一キロのこんぶを食うウニを育てておりぬ海の浅瀬は
独立記念日にホットドッグの早食いの競争あるは何ゆえならん  室井忠雄



棺ひとつ親族同輩(うからともがら)かこみいて死に別れとは朝の陽に似る  阿部久美



ぼそぼそと話かけらるる心地なりバス待つ背なに冬日があたる  檜垣宏子



カサブランカの球根庭に植ゑてより土に鼓動のありて日日(にちにち)  鈴木律子



世界とはこのなまくらな眼にて眺められたるなにものからし  水島和夫



台湾の夜の屋台に色物や柄のマスクの売られいしこと 
腰のあたり豊かな壺の古空気 水を満たせば溢れ出でたり  今井千草



わが内に棲む鬼どもをやらふこゑありて明日より春とはならむ  原田千万



力なく打たれし釘が数年を経て柱より身を解き放つ  藤本喜久恵



サァー! サァー! と、烏が福原愛になり吾が朝をとぶ元気でてくる  永田吉



顔といふからだのいちぶに自意識のすべてが集ふぶだうのやうに  
塗る描(か)くたたきこむ引くぼかすのせる入れる・・・「化粧」は動詞の微妙なる差異  西村美佐子



籠り居の日々に倦みたる家内(いへぬち)の空気つくづく簓(ささら)めきたる  
濁り色はつかに含む川水が中州の雪の縁を撫でゐる               武下奈々子



紅玉の転がり落ちて紅玉の影留まりぬ物の怪じみて
諍ひのなき家なかに静けさは常ありてこそさみしかりけれ  斉藤典子



凍て道をそろりと歩み老夫婦回転寿司に入りてゆきたり  西勝洋一



海髪は□と読むと思ひつつ□の薄い女抱きをり
節々に悩みを抱へてゐるやうな盆梅に□付きたりあはれ  西王燦



夜空にも鰯雲あり詩の贄として真夜中のバスのぬるま湯  藤原龍一郎



呪文のやうにアルストロメリアと幾度かつぶやき部屋にきみは飾れり  宇田川寛之



一様に赤いスリッパ履いている立川医院に集いこし人
赤十字緑十字に白十字横縦の棒生に関わる       長谷川富市



十五回手術を受けし老がくる飄として気品漂わせつつ  宮田長洋



歩道には露店と屋台が犇きて天使都(クルンテープ)に人はただよふ  長谷川莞爾



六・三・七夫の薬の定型を朝昼夕とかぞへてわくる  寺島弘



如月のひかり集めて回りたる独楽果てるときも美しきかな  川島眸



段返り人形、永遠(とは)に身のうちに水銀を容れてをらねばならぬ  多田零



世を憂ひ救はむと尋ね来たる人に応対が良いと誉められてをり  大森浄子



黒服に包みきれざる足首はしんしん冷えて畳を歩く  岩下静香   



花のごと冬の苺はならびおり雪を払いて店に入れば  村山千栄子



年あけて二千五年というひびき或いは終(つい)の日交り居るやも  野池千鶴



手にふれし紙片いつしか鶴となり吾の思考を越えて飛びたつ  永嶺榮子



むき合ひの二脚の椅子のあはひなる空間をささへゐたる円卓  吉浦玲子



不可思議なわらひなりけりペ・ヨンジュン明石家さんま、ラ・ジョコンダ  
わつはつはと浪越徳二郎は腹の息はけるだけ吐き消えてしまひぬ       木崎洋子



じゃわじゃわと蛇口の水を受くる壺満たされてより無音となりぬ  知久安次



大根の匂いほのかに煮あがりてあたりはいつか夕暮れている  相川真佐子



雪が降る音を吸ふ響(ね)の聴こえ来てやがては雪の降る音となる  渡部崇子



黒鳥の嘴のとがりを見ておりぬ輝いてはならぬその宿命を  依田仁美



ポケットのたくさんついた服がよい何とはなしに安心である  高野裕子



われに沿う影を見ておりこの影を捨ててゆく日の遠からずある  平野久美子



鳴り出だすはずもなからむ木金と君言ふときの春の木琴  大森益雄



出雲なる不老温泉 秋田なる不老不死温泉 上には上が
主宰者といはずCEO(シーイーオー)といふ短歌結社もあらはるるべし  小池光