海綿のうへに目醒むる切手にも快楽のごときくるしみあらむ  服部みき子



候鳥が集う水面に映りたるまぶたを腫らしたような曇天  守谷茂泰



軍刀に刃こぼれありと研ぎ師いう何も語らず父は逝きたり  細山久美



添へ書きに母といふ字の消えしより賀状の余白広くなりたり  原みち子



ああおまえ一人暮しの婆に寄るオレオレ猫よ餌時を知る  磊実



記憶とは変はるものらし原爆でなにも倒れなかつたと言ふ母  青柳泉



首吊れば死んでしまふが整体で首伸ばさるる時快し  冬野由布



雪ふれば雪にまみれて街をゆく人の輪郭ふつくらとして  渡辺未知也



この磯に昭和天皇命名サメジマオトメウミウシは棲む  秋田興一郎



青菜蒸す電子レンジの一分はわが残り世をきざむ一分  宮本田鶴子



TSUNAMI かわきし日より物見遊山きて風景をふむ脚韻を踏む  西沢一彦



特売のチラシの話題卓に乗せふたりっきりの朝餉始まる  田所弘



雷蔵の関西弁より柔らかき豆腐つついて初夜の鉦聞く  森田直也



デパートの階段(きだ)の隅なる公衆電話さびしげなればわたしは使ふ  三木伊津子



北極の氷のことをかたる時キャスターの頬こごえていよ、と  佐藤りえ



教はるは「負け」と思ふか教へればすぐに苛立つ子ばかりが増ゆ  佐々木通代



漱石も病中アイスを好みしと言えばふたくち食べてくれたり
男待つ春のロビーに急ぎおり死にゆく父に腹立てながら    森澤真理



すこしずつ色褪せながら酸化するドアノブのように老いたり 私  齊藤和美



裾ひろく戦車遊ばす御殿場の富士はおつとり雪にふくらむ  庭野摩里



縊死をせし隣人が飼いいし猫が来て床下に棲み夕餉を待てり  ふじきけいこ



ログ追うに疲れし眼とも脳(なずき)ともトネリコトネリコ風に呼ぶ声
雪のこる岸に痩身傾ぐまま杭は立ち居りわがゆうぐれを         春畑茜



さみしさを右肩に乗せあゆみ来るきさらぎといふなまへのをとこ  花笠海月