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樹林帯を揺るがし谷を越えて吹く夜の吹雪をストイツクと呼ぶ 阿部洋子
北欧の鉄のストーブとろとろと燃えをり海も雪ふりてゐん 金沢早苗
奴隷市のたつたひとりの誇り高き奴隷のやうに観世音たつ 青木和子
後ろより蹴りを入れたし歩きタバコしてゆく男の足が短い 立花みずき
春のつぼみひらきはじめていつもよりおほくまはれる回転木馬 高澤志帆
渡来人らしき面立ち仄見ゆる笑みそれぞれに多尊塼仏 伊藤冨美代
ステンドグラス発注書施主名あなをかし「小池一・藤原光子様邸」 庭野摩里
まっ白いノートは雪の匂いして深夜を眠る少女となれり 山粼泰
恋すれば光つくづく艶を増しさんがつ珊瑚しがつの真珠 エリ
噛み終り歯型つきたるままのガム吐きだしたらば脳味噌のかたち 磊実
それぞれの記憶に積もる雪があり 窓からの今日の雪を見ている 齊藤和美
とろとろと粥炊くま冬心また弱るゆふべはほそき火を見る 西橋美保
<ipod shuffle>アット・ランダムなる選曲ときに巧妙なりき 井上洋
日曜日無口の夫につきあへば次々テレビに人は斬られる 吉岡喜代子
餌付けせし人の御霊も混じりをらんククと鳴き飛ぶ群れのいづこか 本間次郎
よく眠れあしたより良く生きるため死者の国より降る委任状 武藤ゆかり
楽園
楽園に白きスミレは咲き乱れ狂ひ人らが歌ふ賛美歌 山科真白
その午後の小池光のくちびるに春のサラダは触れたであろう 春畑茜
ものなべて寂しき色におほはるる一日(ひとひ)は曇り後(のち)また曇り 池田弓子
仲違い十五年とう叔母の来て父の足擦るただに足擦る 森澤真理
二十七字二十三行の組み版にひとつ席得てわがうた点る 原みち子
くりいむの代りに菓子に混ぜられてかなしくないか絹ごし豆腐 冨樫由美子
ブランコの軋る音のこし春の日は土の中より暮れてゆくなり 守谷茂泰
誰もたれもゆくへを知らず風船にすがり海山越えしをとこの 佐々木通代
見上げれば環八雲が転々と愛しきれない街にまだ棲む 村田馨