春の大雪くるを伝えて若き声ラジオに明日が今日となるきわ  相川真佐子



堤義明など知らざりというがごとく西武線はも定刻に来つ  宮田長洋



淀川の鉄橋いまは女しか乗らぬ車両に夕陽がとどく  吉岡生夫



雨戸よりふしあな通す陽光を長らく見ぬこと思ひ起き出づ  大和類子



夕暮れの日本茶専門茶房にてわずかな緑(りょく)を身に注ぎたり  岩下静香



雪女ふかきため息つくゆえに冬しらしらと長くつづけり  加藤隆枝



雪ふれば甦りくるかなしみの記憶の上に更に降り積む  野地千鶴



春雨にかすみいよいよ濃くなればセントレアまたアジアの一所  青柳守音



見るからにうれしそうなる「喜」の文字が丼鉢の中より出でぬ  林悠子



猛スピードに過ぎゆく列車は残しゆくはるかな時につながる今を
きつかりと乗車位置にドア開きひとつの時間の中に入りゆく  人見邦子



土手沿いを赤い帽子の児らのゆく男の子の一日女の子の一日  小野澤繁雄



滑らかにバターがとけてゆくように高速バスは雪道走る  石川良一



如月の夜にくすくす笑いつつ何かが太りはじめているか  高野裕子



   「談話室滝沢」閉店
ひとつきにいちど集ひて語らひし友と交流絶えて久しき  宇田川寛之



青空に捥ぐ人の無き柿の実が余震の後もしばらく揺れる  長谷川富市



花の名の□鯛食はむか塩を振り炭火のうへに横たへて後  西王燦



封筒はあまた並びぬ角角を律儀に持ちて儚げにあり  平野久美子



はなびらのふちよりすでにマグノリア茶いろになりし生井(なまい)家の庭  小池光



ガムを吐くことも技要る五十五歳(ごじふご)の唇にしまらく張り付けるガム  大森益雄



高野公彦が電話器と詠めば電話機は電話器が良いと思ふなるべし
ケータイに席巻されて生まれたる固定電話といふ言葉あはれ  中地俊夫



葉の語源は刃(は)ならむ土嚢つらぬきてみどりあたらし水仙の萌(もえ)  榊原敦子



房総の南瓜畑をほっくりと煮込んでしまう春の夕焼け  水谷澄子



「燃え尽き−」とふ診断なにかうれしくて火の鳥のごとく蘇生してみむ  管野友紀



映像の美空ひばりは不死にしてよき歌うたふお金も稼ぐ  木崎洋子



象・きりん・猩猩・白熊みな一頭 京都の zoo はそぞろさびしき  岡崎宏子



うしろ姿の車窓の影とうつそみのわれは触れゐつふかく疲れて  吉浦玲子



駅裏の「唐変木」の暖簾分け流行る駅前「変竹林」は  諏訪部仁



盗人が抜き足さし足なりしころ盗(たう)を恥ぢゐる心ありけむ  蒔田さくら子



真空の管に真紅の血は吸われ計測されているわが何か  藤原龍一郎