◆「狐塚」武下奈々子
降るゆきの武生畑町狐塚骨組みのみのハウスが寒し
無くてよき物が売らるる郊外の量販店なり蝋燭いづこ
高値(かうぢき)の石油燃やして育てたるトマト気弱な赤を光らす  



◆「気泡」鶴田伊津
たんぽぽの花に目線を合わせんとしゃがみこむとき傾く羊水
ことばではまだつながらぬ関係の安らかなればハミングをする  



◆「三連祭壇画(トリプテイツク)」本多稜
中世のをみなの胸乳ちひさくて腹まろまろと月かげの照り
服を着る人ひとりなき楽園に爆弾のごと妊婦が一人 



◆「星近き」藤本喜久恵
水硬き小川に今朝は一羽きて水の限りを見つめてゐたる
吾のものといへど自在にはねる髪有無をいはさず帽子に入れぬ 



◆「居所」泉慶章
上海にコンビニエンスストアーをかへりみすれば月ののぼれる



◆「毳立つ光」松永博之
登り来て峠に出れば眼前に大き富士あり今日も驚く



◆「山の音」八木博信
日曜日祈りにゆかん階にズタズタの影まずは落として
自死の意志濃くなるときは夜ならで男の朝 女の真昼
透明な楯美しく戦いを挑んでみたき警官が立つ
母は窓からローマを見しやアイドルが盗のかぎりを尽くすあいだに
真実は不意に現わるジャネット=ジャクソンの鋭き乳房のように



◆「去りゆくナイト・トレイン」真木勉
方言と方言を持つ市と町が合併しゆく春のあは雪



◆「琥珀」花笠海月
唐黒の甘さ知る故ほほゑみをたたふる鑑真和上のくちびる



◆「不羈自由」酒井英子
ひとはなぜ老いるのだろう朝餉より夕餉の間(かん)に問われたるまま



◆「通り雨」今井千草
NIOの記号ふられてデニーズのトマトケチャップテーブルの上に
ユニクロの脇の道路の奥にあり旧白洲正子武相荘(ぶあいそう)は



◆「哀しき安堵」檜垣宏子
しつかりと死にてゐるかと尋ねたり夢の中なる母との出会ひ
何もかも忘れましたと言ふ貌に母の遺影はうすく笑ひぬ
凍てつきし冬の木立を胸ぬちに移してわれの支へ木となす



◆「関係について」生沼義朗
啓蟄の日の潦 ひかりいるなかには他界の水も混じらむ



◆「雑と上海の聯作」多久麻
文丹の厚皮を剥ぐ手力は指にあつまる特に親ゆび