咲きみちて花咲きみちて声はなしさくらさくらさくら曼荼羅  川田由布



頬の上に産毛ひかりて黙るとき男の子とは枇杷に似ている  早川志織



言外の意味を負わされ往きゆかむ『滴滴集』の表紙の犀は  生沼義朗



イチローの巧打のほうが芸術かそんじょそこらの短歌などより  宮田長洋



おのづから咲くべき花と知りながら断崖をゆく影をあはせて  大谷雅彦



オーロラの空が恋しいペンギンのように立ってるわが醤油差し  永田吉



山少し動きて白き花咲かすこのしづかなる刻をあつめて  藤本喜久恵



わが首を待つにあらねど裸木のあひだに藤の蔓さがりたり  原田千万



けふの月の象牙のいろをかなしまむ高麗びとのこゑするときに  橘夏生



六月の生れといへば空海と小池光とそしてわたくし  大橋弘



嚥みくだす何かは知らず祭壇の遺影ののみどがふとも波うつ  和嶋忠治



春という春をこの子におしえたく臨月の腹揺らして歩く
代わりなどあり得ぬものをかかえたることおそれつつ産み月となる  鶴田伊津



貧しさも祝福なればモノクロの自転車泥棒の頃のイタリア  藤原龍一郎



交番に指名手配の顔並びのどけき春の陽を浴びており  西勝洋一



われおもふ「猫に犬歯(けんし)あり而うして犬に猫歯(べうし)なし」ゆゑにわれあり  小池光



門口に真つ赤な椿棒立ちの古家(ふるや)の引き戸ほそく開きをり  蒔田さくら子



眼帯をしてゐるひとの少なくて眼科医院の待合室のあり  斎藤典子



宿酔にゆらんくらんと階(きだ)のぼりたどりつきたる荒魂書店  多田零



電線の鳥の羽毛のそぼ濡れに生きのみの熱ふわり開けつ  依田仁美



かなしみに潰れそうなるこの心“ぐい”と引き寄せゼブラゾーン急ぐ  篠原和子



何を証明しているかは知らないが証明すれば安心をする  梨田鏡



びつしりと杉の花粉をまとひゐる墓碑を洗へり父の命日に  阿部凞子



ダヴィンチを妊りはにかむモナリザと寝しなに夫と確めあひぬ  木崎洋子



慶応の同窓ふたりに歳月は… 北尾吉孝中村雅俊  西台恵



菜の花の黄がいっせいに揺れるから逢いたいという嘘を信じる  水谷澄子



巻き戻しできない生をはじかせてヨサコイソーラン街練りあるく  卯城えみこ



水彩の筆に含ます水ぬるみ四月の雲を紙にひろぐる  村山千栄子



さくら花日々あたらしく夫老いて身の末おぼろ追はずにありぬ  若林のぶ



生きるとは音たてることそうろりと死者の来るなり音をたてずに  室井忠雄



臨月のひとの動きを補ひつ家族の増ゆるまでは淡しも  宇田川寛之



単独の熊のあはれは思ふだに人におどろく鼓動やいかに
花びらの散りゆくまほら空ふかくありにし人を伴ひてゆく  三井ゆき