跨線橋わたりてゆける一人の、ビニール傘のなかの雨雲  内山晶太



ふーてんを愛する思いそのままに風を浴びたい柴又の風  村田馨



白菜の身をすぱすぱと削ぎ切れば白きつばさのごとくひろがる  神原僖美子



ひとびとの奉仕のうへに成る結社 身の丈なりともこころ寄せねば  原みち子



   −時々がんセンター一階の自販機売り場へ
告解の如くにごとんと缶は落ち闇とは覗くためにあるらし  森澤真理



しげしげとシートの穴より工事場を覗くひとあり春宵おぼろ  染宮千鶴子



鉄骨を組みゆく音より生き生きと男の声の透る仕事場  菅ふみこ



今日もまた仕事がないかも知れないとぬいぐるみの犬縛っています  津波なつ



『ケナリも花、サクラも花』を残したる鷺沢萌の居ないこの春  井上洋



沈香を焚けるひとときひとすじの煙は触れつ弥勒の指に
靴下を春のひかりに吊るしやるひゃくねんせんねんゆめみるがよき  春畑茜



ウォーターフロントに建つビル群を塩の柱とほのかに思う  佐藤りえ



肉牛を全頭検査する国で逢いましょうねと炭燃え尽きる  森田直也



嫁入りの道具あれこれちちははの心づくしを泣くかいまさら  西橋美保



花粉症に効くツボ問われしばしのちわれは答える鼻すすりつつ  高橋浩二



朝毎のお悔みの欄ひとたびも逢いしことなき御名を拝(おろが)む  瀬戸千鶴



針のめど春陽にすかせど糸通しなづめる母のひと日ひと日よ  瓜生一恵



乳の間の深みこがして涙わくいまさらに知る心の有り処  野村千恵子



廃屋の庭に椿の赤にほふ事件記録のやうにあかるく  西沢一彦



厚切りのトーストの上に載っているアイスおかしな人生もある  大橋麻衣子



水ぬるむ池に浮かびくる鯉のよな心となりて手紙をかかん  磊実



嘘ひとつつきて噤みしさまに似る真夜中に鳴る一度の電話  若竹英子



鳥籠の下に敷きたる広告の端にてビキニの乙女ほほゑむ  田中浩



誰も見てゐないテレビが点いてゐる教室でした わたしがてれび  
西校舎非常階段から見ると東校舎もこはれた楽器         冨樫由美子



伸び来たる冬木の影はわが胸の鼓動と同じ暗さを持てり
花びらが吹き寄せらるる窓の下永劫という旅鞄あり    守谷茂泰