恋人が赤くただれて黒焦げて棒となること単純なこと  谷村はるか



ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」金髪の先の先まで描かれてあり  楠藤さち子



片扉失せしままなる山門に直と続けり濃あぢさゐの毬  安達広子



次の世に伝へたき想ひを床並べ夜更けに語る十四の乙女に  小島美奈子



三か月分のごみ箱を空(から)にするときメールは一瞬たじろぎて消える  蜂須賀裕子



夜おそく隣の女帰りきて風呂を焚くなりあはれその音  正藤義文



スパムメール届く「体のつきあいが前提ですけど夏らしい事も」  松木



遠軽(えんがる)」の名のごとく父の亡き町は軽やかに今我より遠のく  吉川真実



ぬけぬけと泪こぼして七年を語れば何故か落語めきたり  栗林菊枝



極楽の余り風とう風の来てうす紅色のむくげを揺する  渡辺幸子



準備中なれど戸を開け戸隠のそばを買ひたり教はりしまま  蔵本かつ枝



熱帯夜眠れぬ夜に聞こえくる眠らぬ人の闇を蹴る声  阿部美佳



線香の匂いのしみた仏飯を粥にして食ぶ嫁ぎ来てより  岡頌子



一人では生きてゆけない魂魄のシングルマザーのまちちやんの顔  みの虫



歩くことそのものをほめたたえられ子供の靴がきうきうと鳴る  生野檀



節穴が土間の暗きに零したる夕光のつくる金貨がひとつ  森谷彰