司馬台から金山嶺へ
首都を出て司馬台(スーマータイ)へ道端に幟のごとく吊らるる蓮魚  本多稜



花束を三位に渡す少女ゐて他の誰より嬉しげに見ゆ  梶倶認



いくばくか輪廻転生信じつつ密度のうすき髪を梳くかな  長谷川莞爾



帰りたき昨日はあらず通り雨過ぎたる路はすでに乾きつ  吉浦玲子



竹を割きひごを作りて組立てし父の鳥かご豪もゆがまず  寺島弘



つくづくと女でいいと告げてゐるほのかに匂ふ扇子の風に  檜垣宏子



マーラーの第三番にひたりつつつむる女身のふるへるまつげ  和嶋忠治



水害の街に一年めぐり来て死んだ金魚の色の花咲く  足立尚計



するどく肉を裂きゐるときも梟はまあるくまなこ見開きゐるや  山下冨士穂



子を預け夜の空気を吸い込めどバランス悪き帯分数われ  鶴田伊津



小池光はみづからの携帯の電話番号をよく覚えてをらず
『たかはら』の歌に二句目が十四音のものありよき人ならむ茂吉は  山寺修象



遠雷といふ響きこそ悲しけれ一人に近づきすぎたる夜は  大谷雅彦



善光寺本堂下から切り取りて持ち帰りたる一片(ひとひら)の闇  諏訪部仁



むかし小暗き茶の間にちさく在りし祖母或いは今のわれより若き  蒔田さくら子



   漫才師喜味こいしは少年兵としてその日ヒロシマに居た
ピカそしてドンと鳴りたる一瞬を哄笑誘う底に据えし、と      藤原龍一郎



国語辞典一度も引かずに若者の今様歌集読み切りにけり
オカリナの孔を塞げば宗次郎の指先はつか沈むと思へ    大森益雄



深草の□位の少将などもゐむホテル小町の輪回風寝具(かいてんベッド)  西王燦



何に拠らむ老いの心ぞ吹く風に向き変りたる噴水しぶく  小川潤治



炎天をあはれむやみにさまよへば原罪のごとき快楽きざす  水島和夫



蜜といふよりも水飴の時間なり一緒に食べて一緒にねむる  多田零



戸の軋む工合に晴雨知る家に住みていくとせ修理もなせず  山崎喜代子



ふと出でぬ「天に代りて釘(不義)を打つ」意味判らずに歌いし軍歌  岡崎宏子



日本の誇れるものはアニメーションと外人部隊の男四〇  八木博信



捨てるもの定まらぬまま広げたる古着の真中に妻坐りおり  石川良一



暑いから眠れないからうたを詠むそんな気力の失せてぼろぼろ  古川アヤ子



断腸亭日乗』を読み夜さりなば歌人のブログ拾ひよみする  高田流子



みどり子を迎ふるために替へおきし畳のうへにみどり子ねむる  中地俊夫



越前くらげあふれかへりて息づまる日本海海戦百年の後  小池光