なきがらを抱ふる母の乳ふさをしづけき牛の睾丸が押す  本多稜



東洋の魔女というべき様相の…たとえばミシェル・ウィールーシー・リュー  生沼義朗



靴音が先に四階までとどく深夜に帰宅したる夫の  岩下静香



うつくしくかつ得意気に声を張る松山千春をうらやむものか  大橋弘



帰りつけば薄暮の部屋にちかちかとテレビ灯して子が坐りおり  早川志織



欧州の鳥インフルエンザ伝えつつ端然たりしは道傳愛子  宮田長洋



言葉なく鬱病む母と向き合えり遠く潮騒を聴くような午後だ  木曽陽子



ちさき手にぺしぺしぺしとたたかれて眼をひらくわれは雨季の湖  鶴田伊津



     11月8日付新聞広告
公務員ビジネスコースに先んじて米軍基地就職コースを掲ぐ  渡英子



薄つぺらき国粋のこころあらはれていかんともしがたし大和のまなか  斎藤典子



秋葉原へ行かむとすらむ少女ひとり深夜バスにて繭籠もる、あはれ 西王燦



尺取虫うつりてゆけるありさまはまさしく「自同律の不快」のごとし  小池光



     古島哲朗歌集『東雲抄』
いつさつの歌集を発行するまでの時間の密度を記憶したりき  宇田川寛之



月光のふりそそぐゆゑ青き尾を引きてゆくなりこの人もまた  三井ゆき



炸裂せし六百米を目測し原爆ドームの空をあふげり  大森益雄



負け組の象徴としてあるからに原爆ドーム見てかなしまん  中地俊夫



ほほづきの首ゆつくりとまはしつつほほづきだからとまはしつづける  明石雅子



つんつんととがる寝癖のからうじておさまるころに夜がまたくる  真木勉



駅前のビルの電光掲示板「ースでした」を見て古着屋へ行く  梨田鏡



花嫁が馬に揺られて越えし丘いまコンビニの旗はためける  金沢早苗



身寄りなき老夫婦いま自らを焼く火葬場もアスベスト壁  八木博信



キリストの涙のごとき紫の葡萄を吸えば汚れる右手  八木博信



しばらくの慰めとせむ本田美奈子が息たえるときほほえみしこと  八木博信



鴨浮かぶ地図に無き池ひとめぐり『子守勝手神社』に至る  岡崎宏子



出張といへど鞄に荷を詰むるこころは現実逃避のごとし  吉浦玲子



白秋を歌ふ子はゐて揺籃(ゆりかご)のなかの眠りをこゑに揺らせり  春畑茜



上村さん中村さん下村さんと身めぐりに三人揃ふをかしさ  渡部崇子



「滋養豊富」「風味絶佳」行儀良き兵隊のようにキャラメル整列  高野裕子



鳥屋町花見月とふ美しき名の地の山桜おもひあくがる  水島和夫



キーボード叩くさびしき音響く百万年の孤独もかくや  藤原龍一郎



掬ひあぐるごとく腕ふり群れてくるウオーキング族をわれは好まず  蒔田さくら子



丸亀城岡山城とめぐりきて津山城には青空ばかり  平野久美子




                                                   (2007.1.29.記)